賃貸相談

月刊不動産2011年12月号掲載

敷金返還と建物明渡しとの先後関係

弁護士 江口 正夫(海谷・江口法律事務所)


Q

建物賃貸借契約が終了したので借家人に明渡しを要求したところ、借家人は敷金の返還と引換えでなければ明渡しはできない、敷金が返還されるまで建物に居住すると言うのですが、どうすべきでしょうか。

A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。

  • 1.問題点の所在

     建物賃貸借が契約終了した場合、賃借人は、賃貸人に対し、賃借建物を明け渡す義務が発生します。賃借人の建物明渡し義務は賃貸借契約終了時点で既に発生しているものです。

     このケースの賃借人が主張しているのは、賃貸借契約が終了すれば賃借人には賃貸人に対する建物明渡し義務が発生するが、同時に賃貸人も賃借人に対して敷金を返還する義務が発生するはずである、そうであれば建物明渡し義務と敷金返還義務とは同時に履行すべきだということかと思われます。

     しかし、賃借人のかかる主張は、賃貸人の賃借人に対する敷金返還請求権も、賃貸借契約終了と同時に発生するはずであるということを前提とするものです。そこで、この問題は、賃貸人の賃借人に対する敷金返還義務はいつ発生するのか、とりわけ、賃貸借契約終了時点で敷金返還義務は発生するのかという問題であることが分かります。

    2.敷金返還義務の成立時期

     賃貸人の賃借人に対する敷金返還義務がいつ発生するかは、敷金とは何のために授受される金銭であるのかということにかかわる問題です。敷金は、一般的には賃借人から賃貸人に対して無利息で預託される金銭ですが、敷金を授受した目的が終了すると、賃貸人から賃借人に返還される金銭です。

     敷金はいかなる目的で授受されているかといえば、それは、建物賃貸借契約における賃借人の賃貸人に対する債務を担保するためです。つまり、敷金とは建物賃貸借契約において、賃料支払債務やその他の賃借人が賃貸人に対し負担する建物賃貸借契約上の債務を担保するために授受されているものであり、賃貸人にとっては、賃借人に対して有する賃貸借契約上の権利の担保としての意味がある金銭です。

     このように、敷金が賃貸人にとっての担保であるとすると、敷金をいつ返還すべきかは、賃貸人が担保を保有する必要性がいつ消滅するかにかかることになります。担保を保有する必要性がいつ消滅するかは、敷金によって担保されるものには具体的に何と何があるかによって決まることになります。

    (1)敷金により担保される範囲

     ①賃料債権

     敷金は、賃貸人の賃借人に対する基本的な債権である賃料支払債権の履行の担保のために授受されていますが、これに限らず、賃貸借契約に基づき賃貸人が賃借人に対して有する一切の債権を担保するものです。

     ②賃料の支払が遅れた場合の遅延損害金

     敷金は、賃貸借契約に基づく債権の一切の債権を担保するためのものですから、賃貸借契約期間中の賃料の支払が遅れた場合の遅延損害金も敷金で担保する範囲に含まれます。

     ③賃貸借契約終了後、明渡し完了までの間の明渡し遅延損害金

     問題は、敷金により担保される権利の範囲の中に賃貸借契約が終了した後に発生する債権も含まれるかということです。具体的には、賃貸借契約終了後に賃借人が明渡しをするまでの間の建物の使用損害金です。この点について、最高裁は、「家屋賃貸借における敷金は、賃貸借終了後、家屋明渡しまでに生ずる賃料相当額の損害金その他賃貸借契約により賃貸人が賃借人に対して取得する一切の権利を担保するもの」であると判断しています(最判昭和48年2月2日民集27巻1号80頁) 。

    (2)敷金返還請求権の額が確定する時期

     敷金が担保する債権の範囲に「賃貸借終了後家屋明渡しまでに生ずる賃料相当額の損害金」が含まれると解される以上、賃貸人が賃借人に返還すべき敷金の額は賃貸借が終了しただけでは確定せず、家屋明渡しが完了した後ということになります。

     前記最判は、「敷金返還請求権は、賃貸借終了後家屋明渡し完了の時において、それまでに生じた被担保債権を控除しなお残額がある場合に、その残額につき具体的に発生するものと解すべきである。」としています。したがって、敷金の返還と家屋の明渡しは引換給付の関係に立つのではなく、まず明渡しを先に履行すべきことになります。

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