賃貸相談

月刊不動産2008年7月号掲載

敷金に対する差押え通知への対応

弁護士 江口 正夫(海谷・江口法律事務所)


Q

裁判所から、テナントが当社に預託した敷金の差押え通知が届きました。差押え後の未払賃料を敷金から控除することはできますか。また、いつまで控除できるのでしょうか。

A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。

  • 1. 敷金に対する差押え

    (1) 敷金に対する差押えの意味

     裁判所から差押え通知がきたからといって、賃貸人である貴社に問題があるわけではありません。敷金に対する差押えは、賃借人が第三者から金銭を借り入れるなど、第三者 (債権者)に対して金銭債務を負担しているときに金銭の支払義務の不履行をした場合に債務者の財産に対して行われるものです。債権者は、最終的には債務者である賃借人の財産を差し押さえることにより債権の回収を行うわけですが、債務者である賃借人の有する財産には、賃貸人に対する敷金返還請求権も含まれます。

     敷金というと、賃貸人に対して預託された金銭をイメージすることが多いと思いますが、敷金に関する法律関係は、正確にいえば、将来、賃貸借契約が終了し、賃借人が賃貸借の目的物を明け渡したときには、賃借人の賃貸人に対する敷金返還請求権が発生するということになります。つまり、賃借人は、賃貸人に対し、将来の債権としてですが、敷金返還請求権という債権を有しているということになります。債権は財産権の1つですので、敷金返還請求権も差押えの対象となり得るわけです。

     ただし、裁判所からの差押え通知が賃貸人のもとに届いたといっても、賃貸人の財産が差し押さえられたわけではありません。差し押さえられたのは敷金返還請求権という賃借人の財産なのです。その意味において、差押え手続においては、差押え債権者(賃借人に対して金銭債権を有する者)に対する債務者である賃借人を「債務者」と呼び、差押えの対象となった敷金返還請求権の債務者である賃貸人を「第三債務者」と呼んで区別しています。

    (2) 敷金に対する差押えの効果

     敷金返還請求権に対する差押えの効果は、第三債務者である賃貸人に差押え命令の正本が送達されたときに効力を生じます。

     差押え命令が効力を生ずると、債務者である賃借人は差し押さえられた債権 (敷金返還請求権)を自ら行使することができなくなり、賃貸借契約が終了して賃借建物の明渡しを完了した場合でも、賃貸人に対し敷金返還を求めることができなくなります。

     同様に、第三債務者である賃貸人も、債務者に対する弁済を禁止されます。したがって、万一、第三債務者である賃貸人が差押命令送達に違反して、差押命令送達後に賃借人に対して敷金を返還したとすると、差押え債権者に対する関係では敷金の返還をしたことの効力は認められないため、差押え債権者に対しても敷金を支払わなければならず、敷金の二重払いをさせられることになってしまいます。

    2. 差押え債権者に対する敷金支払の時期

     敷金返還請求権に対する差押えといっても、賃貸人が債務不履行をしたわけではありません。したがって差押えによって、敷金の法的性格が変わることはありません。敷金は、賃貸借終了後に家屋明渡し義務履行までに生ずる賃料や賃料相当額の損害金債権その他賃貸借契約により、賃貸人が賃借人に対して取得する一切の債権を担保するものですから、敷金返還請求権は、賃貸借終了後、家屋明渡し時において、それまでに生じた上記の一切の債権を控除してなお残額がある場合に、その残額について発生するものとされています。

     したがって、敷金返還請求権が差し押さえられたとしても、賃貸人は敷金の本来の返還時期、すなわち賃貸借終了後、家屋明渡しがなされた時において差押え債権者に支払えば足りることになります。

    3. 差押命令送達後の未払賃料は控除できるか

     差押えによって、敷金の法的性格が変わることはありません。したがって、賃貸人が差押え債権者に対して支払う額は、本来の敷金の返還額ということになります。敷金は、賃貸借終了後に家屋明渡し義務履行までに生ずる賃料や賃料相当額の損害金等を担保するものですから、差押命令送達後、賃借人が家屋を明け渡すまでの間の未払賃料や賃料相当額損害金をすべて控除し、なお残額がある場合に、その残額のみを返還すれば足りることになります。すなわち、差押命令送達後の未払賃料も当然控除できることになります。

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