法律相談
月刊不動産2011年4月号掲載
損益相殺
弁護士 渡辺 晋(山下・渡辺法律事務所)
Q
3年前に購入した新築住宅で、ヒビや雨漏りがひどいので売主が建替費用の損害賠償をしてくれることになりましたが、これまで居住していた3年分の賃料相当額を賠償額から差し引きたいという申入れがありました。この申入れを受け入れなければならないのでしょうか。
A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。
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1. 回答
受け入れる必要はありません。居住期間の賃料相当額を差し引かず、建替費用全額の支払を求めることができます。
2. 損益相殺の法理
売買の目的物である建物に瑕疵があり、その瑕疵が重大な場合には、買主は売主に対し建て替え費用相当額の損害賠償請求をすることができます(最高裁平成14年9月24日判決)。
ところで、住宅は容易に取得することができません。そのため、一般に購入した建物に瑕疵があっても、買主としては建物の引渡しを受けた後にも、そのまま居住し続けざるを得ません。債務不履行や不法行為を原因として損害を被った者が、半面同じ原因で利益を受けている場合には、損害賠償額からその利益が控除されるところ(損益相殺の法理)、買主が建て替え費用の支払を求めるに際し、買主が居住しているために得ていた居住の利益(居住利益)について、損益相殺によって、損害賠償額から差し引くべきかどうかが問題になります。
3. 最高裁判決
この問題については考え方が分かれていましたが、昨年最高裁は次のとおり損益相殺の適用を否定し、居住利益を差し引かないという判断を下しました(最高裁平成22年6月17日判決、以下「最高裁平成22年6月判決」という)。
『売買の目的物である新築建物に重大な瑕疵がありこれを建て替えざるを得ない場合において、瑕疵が構造耐力上の安全性にかかわるものであるため建物が倒壊する具体的なおそれがある等、社会通念上、建物自体が社会経済的な価値を有しないと評価すべきものであるときには、建物の買主がこれに居住していたという利益については、買主からの工事施工者等に対する建て替え費用相当額の損害賠償請求において損益相殺ないし損益相殺的な調整の対象として損害額から控除することはできないと解するのが相当である。
本件建物には、構造耐力上の安全性にかかわる重大な瑕疵があるというのであるから、これが倒壊する具体的なおそれがあるというべきであって、社会通念上、本件建物は社会経済的な価値を有しないと評価すべきものであることは明らかである。そうすると、買主がこれまで本件建物に居住していたという利益については、損益相殺ないし損益相殺的な調整の対象として損害額から控除することはできない』
損益相殺については、これに加えて、買主が建て替え費用の全額の賠償を受けると本来取得できたはずの建物よりも、遅い時点で耐用年数が経過する建物を取得できてしまうから、耐用年数伸長分の利益を控除すベきではないかという問題もあります。この問題についても、最高裁平成22年6月判決は『買主が、社会経済的な価値を有しない本件建物を建て替えることによって、当初から瑕疵のない建物の引渡しを受けていた場合に比べて結果的に耐用年数の伸長した新築建物を取得することになったとしても、これを利益とみることはできず、そのことを理由に損益相殺ないし損益相殺的な調整をすべきものと解することはできない』として、控除を否定しました。
4. 公平性
建物の瑕疵は容易に発見できず、また瑕疵を特定するには時間がかかります。賠償を求めても売主等が争って応じない場合も多く、その間やむなく居住し続けることを利益と考え、あるいは耐用年数伸長分を利益と考え、損益相殺ないし損益相殺的な調整を行うならば、賠償が遅れれば遅れるほど賠償額は少なくなるということになってしまいます。このような結論は公平とは考えられません。そのため現在では、最高裁平成22年6月判決は一般に支持されています。
5. まとめ
住宅の安全性に関する意識は高まり続けており、住宅品質確保法、住宅瑕疵担保履行法など、新しい法制度が次々に誕生しています。これらの法制度は、宅建業法とも深く関係があり、宅建業者が熟知していなければならないことは、当然です。
しかし、宅建業者が身につけておかなければならない知識はこれにはとどまりません。既存の債務不履行や瑕疵担保の法理の解釈についても、住宅の安全性を重視する方向性が明らかであり、最高裁平成22年6月判決も、そのような社会的潮流の中で公表された裁判例です。宅建業者は、このような状況を十分に理解しておき、日常業務に生かしていかなければなりません。