法律相談
月刊不動産2004年3月号掲載
手付放棄による解除
弁護士 渡辺 晋(山下・渡辺法律事務所)
Q
手付金を支払い、業者から自宅を建築する土地を購入しました。決済日の1週間前に残金の準備ができましたので、売主に支払準備ができていることを伝えてあります。ところが決済日の前日に売主から手付けを倍返しするから売買契約を解除したいという連絡がありました。そのような解除が有効なのでしょうか。
A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。
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買主であるあなたが履行に着手していますので、売主は手付倍返しによる契約解除をすることはできません。
不動産の売買契約では、通常、契約締結から一定の期間を置いて残金決済・引渡しが行われます。契約の時点と残金決済・引渡しの時点が異なり、その間法律関係がやや安定しないため、契約時において、買主が売主に一定の金銭を手付金として支払う慣行があります。手付金額は場合によって異なりますが、売買代金の5%から20%の間で決められることが多いようです。
手付金には①証約手付、②違約手付、③解約手付の3つの性格があります。
まず手付金は、その授受が売買契約の成立を表すという意味をもっています。売買成立を証明するものであるところから証約手付といわれます。証約手付は手付金の最も基本的な性格です。
裁判所において、土地所有権移転と代金支払いの合意があったけれども、契約書が作成されず手付金の授受もなかった事案について、売買契約を成立させるためには、「売買契約書を作成し、手付金もしくは内金を授受するのは、相当定着した慣行である」として売買契約の成立が認められませんでした(東京高裁昭和50年6月30日判決)。
次に手付金には違約手付の意味があります。多くの売買契約には、契約違反による契約解除のときには、買主違約の場合には手付金が違約金として没収され、売主の違約の場合には手付金を返還しなければならないとともに手付金と同額を違約金として支払わなければならない旨が定められています。
手付金の第3の意味が解約手付です。解約手付の授受がなされていた場合には、契約成立後であっても、一方の当事者だけの意思によって契約を解約させることができます。手付金が解約手付である場合には、売主からは手付金の倍額を返還することによって、また買主からは手付金を放棄することによって、各々相手方の承諾を得ずに、かつ、その他の賠償損害をすることなく契約を消滅させることができるわけです。
民法は「買主が売主に手付を交付したるときは当事者の一方が契約の履行に着手するまでは買主はその手付を放棄し売主はその倍額を償還して契約の解除を為すことを得」と定めています(民法557条1項)。この条項は、手付金には一般的に解約手付の性格があることを定めると同時に、当事者の一方が履行に着手した後は、手付放棄あるいは倍返しによる解約をすることができないことを定めるものです。
当事者の一方が履行に着手した後は手付放棄あるいは手付倍返しの解約ができなくなるのは、履行に着手して準備を開始した者に不測の損害を被らせることのないようにする趣旨です。そのため、自ら履行に着手した当事者が、相手方の履行の着手前に解約をすることは可能であるとされています(最高裁昭和40年11月24日判決)。相手方が履行に着手した場合には、解約はできなくなります。
履行の着手とは「債務の内容たる給付の実行に着手すること、すなわち、客観的に外部から認識し得るような形で履行行為の一部をなし又は履行の提供をするために欠くことのできない前提行為をした」ことをいいます(同判決)。買主が代金をすぐ支払えるように準備し、売主に履行の督促をすれば履行の着手があったものとされます(最高裁昭和33年6月5日判決)。また履行期の前であっても履行の着手となります(最高裁昭和41年1月21日判決)。
したがって、本件において買主であるあなたの行為は履行の着手になりますので、相手方の売主は手付倍返しによる解約をすることができなくなっています。
手付金にいかなる性格をもたせるかどうかは、売買契約において定められることになりますが、業者が売主となる売買の場合には、解約手付の性格を否定できないことになっています(宅地建物取引業法39条2項)。