法律相談

月刊不動産2006年9月号掲載

手付倍返し

弁護士 渡辺 晋(山下・渡辺法律事務所)


Q

私は所有不動産を売却し手付金を受領しましたが、まだ決済はなされておらず、買主の履行の着手もありません。この売買契約について、手付倍返しによって契約を解除することにしました。契約解除はどのような段取りで取り進めればいいでしょうか。

A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。

  •  手付倍返しによって契約を解除する旨を買主に通知し、かつ、手付倍額の金員を提供する必要があります。手付倍額の金員提供に関しては、手付倍額を支払う旨を告げてその受領を催告するだけでは十分ではなく、買主に対し現実に手付倍額の金員を提供しなければなりません。

     さて不動産売買では、契約時に買主が売主に一定の金銭を手付金として支払う慣行があります。手付金額は多くの場合に売買代金の5%から20%の間で決められています。

     手付金には、証約手付、違約手付、解約手付の3つの意味があります。

     第1 の証約手付とは、売買契約の成立を表すという意味です。通常手付金授受は売買成立を証明するものとなります。

     第2 の違約手付とは、買主違約の契約解除の場合には手付金が違約金として没収され、売主違約の契約解除の場合には手付金を返還し、かつ、手付金と同額を違約金として支払うことをいいます。多くの売買契約において手付金には違約手付の意味が付与されています。

     第3 の解約手付とは、契約成立後であっても、売主からは手付金の倍額を返還することによって、また買主からは手付金を放棄することによって、各々相手方の承諾を得ずに、かつ、その他の損害賠償をすることなく契約を消滅させることができるという意味です。

     民法には、買主が売主に手付を交付したときは、当事者の一方が契約の履行に着手するまでは、買主はその手付を放棄し、売主はその倍額を償還して、契約の解除をすることができると定められています(民法557条1項)。この条項は、当事者の一方が履行に着手した後は、手付解除をすることができないことを定めるとともに、手付金には一般に解約手付の性格があることをも定めているものと理解することができます。

     手付金をいくらとするか、あるいは手付金にいかなる性格をもたせるかは、原則として契約で自由に定められますが、業者が売主となる売買では、金額の上限が定められ、かつ、解約手付の性格を否定できないことになっています(宅地建物取引業法39条1項ないし3項)。

     ところで、売主が手付倍返しによって契約を終了させようとしても、買主が契約終了を望まないケースもあります。契約終了を望まなければ、買主は、手付倍額の受領を拒否し、あるいは銀行の振込口座も教えないということになるでしょう。買主から手付倍額の受領を拒まれていても、売主が買主に手付倍額を受領してもらいたいと伝えるだけでよいならば、売主にとって便利です。しかし、単に手付倍額の受領を催告するだけでは手付倍返しによる契約解除の効力は認められません。

     手付倍額を支払う旨を口頭で申し入れたのみであって、手付倍額の現実の提供をしていなかった事案に関する最高裁の裁判例があります。最高裁は、「民法 557条1項により売主が手付の倍額を償還して契約の解除をするためには、手付の『倍額ヲ償還シテ』とする同条項の文言からしても、また、買主が同条項によって手付を放棄して契約の解除をする場合との均衡からしても、単に口頭により手付の倍額を償還する旨を告げその受領を催告するのみでは足りず、買主に現実の提供をすることを要するものというべきであり」、「原審が契約の解除の効果をもたらす要件の主張を欠くものとして、売買契約解除の意思表示が無効であるとしたのは正当である」と判断し、契約解除の効力を認めませんでした(最高裁平成6年3月22日判決)。売主からの手付解除には手付倍額の現実の提供が必要であるとするこの最高裁の裁判例は、不動産取引に関する重要な先例のひとつです。

     長期間低迷していた日本経済は現在新たな景気回復期に入っています。不動産の相場が上昇基調にあるときには、手付倍返しが実行されることが少なくありません。宅地建物取引業者は、買主が手付け倍返しを望む場合に備え、その法的性質について十分に理解しておく必要があります。

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