賃貸相談

月刊不動産2014年11月号掲載

建物賃貸借契約と看板の設置

弁護士 江口 正夫(海谷・江口法律事務所)


Q

賃貸ビルを購入したのですが、ビルの外壁にテナントが看板を設置していました。借家権は対抗要件がありますが、看板は借家権そのものではないので、看板の撤去請求は可能でしょうか。

A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。

  • 1. ビル賃貸借契約におけるテナントの看板設置

    ビル賃貸においても、いわゆるオーナーチェンジとして賃貸ビルの所有権が第三者に移転して、当該第三者が新たな賃貸人となるケースも珍しくはありません。

    この場合でも、借家権の対抗要件は建物引渡しとされていますから、賃借人が建物の引渡しを受けて建物を占有使用している場合には、借家権を新賃貸人に主張できることは間違いありません(借地借家法31条)。この場合に、借家権が新賃貸人に対抗できるとしても、同じビルに設けられたテナントの看板設置に関する権利も新賃貸人に対抗できるのかは問題となるところです。

    とりわけ、看板の設置場所が借家人の占有する居室とは離れた別の場所であった場合(例えば地下店舗の営業用看板が地上の建物の外壁に設置されている等)、当該看板が借家権の範囲内ではないと評価され、借家権の対抗要件の効力が看板等には及ばず、新賃貸人から看板の撤去請求がなされた場合には認められることになるのかという問題です。この問題について、最高裁は、平成25年4月9日に判断を示しています。

    2. 看板設置に関する最高裁判例の概要

    事案は、店舗を営む賃借人が賃借ビルに看板を設置していたところ、この建物の譲受人(新賃貸人)から、賃借人に対し、賃貸物件である建物の居室部分は対抗要件を備えているが、看板の使用権は借家権には含まれておらず、賃貸人に対抗できないので看板を撤去せよと請求した事案です。

    第一審判決は、賃貸人による撤去請求は権利の濫用に当たるとして請求を棄却しましたが、控訴審は「本件建物の賃借権には看板等の設置権原は含まれていない」としたうえで、貸主による看板等の撤去請求が権利の濫用に当たるような事情は見受けられないとして看板等の撤去請求を認容したことに対し、借主から最高裁に上告したというものです。

    最高裁判所は、次のように判示し、原判決中の借主の敗訴部分を破棄して看板の撤去請求を否定しました。

    ①看板等は、本件建物部分における店舗の営業の用に供されており、本件建物部分と社会通念上一体のものとして利用されてきたということができる。

    ②看板等を撤去せざるを得ないこととなると、本件建物周辺の繁華街の通行人らに対し、店舗を営業していることを示す手段はほぼ失われることになり、営業の継続は著しく困難となることは明らかで、借主には看板等を利用する強い必要性がある。

    ③借主が前賃貸人から看板設置については承諾を得ていること、建物を購入した現貸主もそのことは十分に知り得たものであること、現貸主には看板の利用について具体的な目的があるわけではなく、借主の看板が存在することにより具体的な支障のないこと等の事実から、このような事情の下では、貸主が借主に対して看板の撤去を求めることは権利の濫用に該当するとの判断を示しました。

    3. 最高裁判例から分かること

    この最高裁判決は、権利の濫用を理由に貸主の看板撤去の請求を否定しています。「権利の濫用」ということは、貸主は、借主に対し、看板撤去に関する請求権を有しているが、判例が指摘した事実関係の下ではその権利を濫用するものであるから認められないということを一般的には意味しています。そうであるとすると、最高裁判例が指摘したような事情がない場合、例えば、貸主も看板の利用について具体的な計画を有しており、借主の看板が存在することによって具体的な支障が生じているとの事実があれば、看板撤去請求は権利の濫用ではなく認められる可能性も否定できませんが、補足意見が付されていることに注意する必要があります。
    田原最高裁判事の補足意見ですが、「共用の廊下や階段に特別の負担なく各店舗の看板が設置されているような場合には、それらの看板への表示は、賃貸借契約書に明示されていなくても、賃貸借契約の内容をなしているものということができる。」として、借家人が第三取得者に対して借家権を対抗できる場合には、上記の看板等に表示する権利も当然に対抗することができるというべきであるとしています。なお、この補足意見には、「看板設置に別個の契約がなされていたり、賃貸借契約の内容に含まれないと解されるような場合には、同条の保護の対象外であることは言うまでもない。」としています。
    看板の設置については、建物賃貸借契約とは別にその利用関係について契約しておくことが必要でしょう。

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