賃貸相談

月刊不動産2011年9月号掲載

家賃滞納借家人の相続と契約解除手続

弁護士 江口 正夫(海谷・江口法律事務所)


Q

借家人が家賃を6か月滞納したので契約の解除をしようとしたところ、先日その借家人が死亡したことが分かりました。解除の手続は、誰に対して、どのように行えばよいのでしょうか。

A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。

  • 1.家賃滞納借家人の相続

     借家人が家賃を滞納した場合には、それが信頼関係を破壊する程度にまで至ったときは、賃貸人は借家人に対し、相当期間を定めた催告をした上、相当期間内に債務の履行がなされない限り、建物賃貸借契約の解除権が発生します。

     御質問のケースは家賃の滞納が6か月に及んでいるとのことですので、原則として、信頼関係が破壊されているとみてよいと思われます。

    (1)借家人死亡前に相当期間を定めた催告が行われていた場合

     仮に、家賃を滞納した借家人が生きている間に相当期間を定めた催告を行っており、既に解除権が発生した後に当該借家人が死亡したという場合であれば、既に発生している解除権を当該借家人の相続人に対して行使することになります。

    (2)借家人死亡前には相当期間を定めた催告が行われていなかった場合

     家賃を滞納した借家人が生きている間には相当期間を定めた催告が行われていなかった場合には、滞納賃料につき、相当期間を定めた支払の催告から始める必要があります。

     このケースの場合に注意すべきことは、死亡した借家人の相続人の各自に対して、それぞれ、どれだけの家賃を催告できるかという点です。これには、相続開始前の滞納賃料額と相続開始後の滞納賃料額の扱いが異なるので、注意する必要があります。

    ①相続開始前の滞納賃料

     家賃を滞納した借家人が死亡する前までに発生していた滞納家賃債権は、相続人が各自の相続分に応じて相続することとされています。借家人が死亡する前までに発生していた滞納家賃が6か月分で、相続人が3人の子であるという場合は、相続人である子は各自3分の1ずつ、つまり各自2か月分の滞納家賃の支払義務を分割して相続します。相続人各自は2か月分以上の支払債務は負っていません。したがって、滞納が開始してから借家
    人が死亡するまでの間の滞納家賃は、各相続人に対しては、各自の相続分を超えての催告は過剰催告となってしまいます。

    ②相続開始後の滞納賃料

     相続人が相続開始後の賃料を支払っていない場合には、相続開始後の家賃の支払債務は、貸室の提供という不可分的な賃貸人側の債務の履行の対価ですので、性質上の不可分債務と考えられています。

     したがって、賃貸人は各相続人に対し、家賃の全額の支払を請求することができます。この理屈は、貸家に相続人のうちの一人の者だけが居住を継続していた場合でも同じです。貸家に居住している借家人のみに対して催告すれば足りるというのではありません。

     もとより、相続人が遺産分割協議を成立させ、借家権を相続人の一人が単独で相続した場合には、それ以降は借家権を相続した相続人のみが家賃債務を負担することになりますが、相続開始後、遺産分割協議が成立するまでの間は、相続人は全員が不可分的に家賃の全額の支払義務を負います。

     よって、相当期間を定めた催告に当たっては、この期間分については、家賃の全額を相続人各自に対して催告することになります。

    2.共同相続人に対する解除の手続

     上記のとおり、家賃を滞納していた借家人が死亡して相続が開始した場合には、賃貸人は、相続開始前までの滞納賃料額については、各相続人に対して、法定相続分の範囲内の滞納家賃額と、相続開始後の家賃について
    遺産分割協議の成立前は相続人全員に滞納家賃全額を相当期間に定めて催告することができます。

     それにもかかわらず共同相続人による滞納家賃の支払がなされなかった場合には、契約の当事者が複数いる場合に該当しますので、民法544条1項に定める「解除権不可分の原則」に従い、契約解除の意思表示は、相続人全員に対してしなければならないとされています。

     この場合に、当該貸家に居住している相続人に対してだけ契約解除の意思表示をしても、解除の効力を生じませんので注意が必要です。

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