法律相談

月刊不動産2011年10月号掲載

売買契約における契約締結上の過失

弁護士 渡辺 晋(山下・渡辺法律事務所)


Q

当社所有土地につき、購入検討者から買付証明書を受領し、契約書案を何通も交換しましたが、契約書作成の直前になって、市況悪化を理由に購入を断ってきました。損害賠償請求をすることができるでしょうか。

A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。

  • 1.回答

     購入検討者に対して、損害賠償請求をすることができます。

    2.契約締結上の過失

     民法上契約は意思表示の合致のみによって成立することになってはいますが(民法555条)、不動産の売買契約については、通常意思表示の合致だけでは契約が成立したとはいえません。裁判所も『所有権の移転と代金の合意のほか、いわゆる過怠約款を定めた上、売買契約書を作成し、手付金もしくは内金を授受するのは、相当定着した慣行であることは顕著な事実である。
    この慣行は、重視されて然るべきであり、慣行を重視する立場に立てば、土地の売買の場合、契約当事者が慣行に従うものと認められるかぎり、売買契約書を作成し、手付金もしくは内金を授受することは、売買の成立要件をなすと考えるのが相当である』と判示しています(東京高裁昭和50年6月30日判決)。契約が成立するまでは、交渉中の当事者は、原則としていつでも交渉を打ち切る自由があります。

     しかし、契約成立に向けて交渉を進め、その結果、相手方に対して契約の成立に対する強い信頼を与える段階にまで至っていたにもかかわらず、信頼を裏切って契約交渉が一方的に打ち切られることがあります。そのような行為に及んだ当事者には、相手方が被った損害を賠償させるのが衡平です。このような考え方に基づいて損害を賠償させるのが、契約締結上の過失の理論です。ご質問の内容は、契約締結上の過失に基づいて、購入検討者に対して、損害賠償請求をすることが可能なケースだと考えられます。

    3.裁判例

     東京地裁平成20年11月10日判決は、土地売買において、排水管の処理や土地の引渡し時期などに関して調整がなされ話合いがほぼまとまったにもかかわらず、購入検討者が買受けを拒むに至ったケースです。
    『YはXに取り纏まとめ依頼書及び買付証明書を交付し、その後、約3か月の間に7通の契約書案を交換して売買契約の成立に向けて交渉を進め、主たる問題であった排水管の処理と、土地の引渡し時期に関連する売買代金額や支払時期等についても、YがXに7月31日案を交付するころまでには、前者につき、Xが遮断工事を平成19年9月末日までに完了すること、後者につき、時間貸駐車場の立ち退きが同年5月25日に完了し、隣地の明渡し時期が当初の予定より遅れる分、売買代金を減額し4,000万円の支払を留保することで、それぞれ解決し、7月31日案をもって最終的に合意すべき条件がほぼ確定していたことが認められる。
    そして、Xは、交渉経緯の中でYの求めに応じ、あるいはYの了承を得て、契約成立の準備行為として、平成19年5月9日から同月21日までの間に対象物件所有者から排水管の移設又は付け替えについての同意書を取り付け、同月16日には時間貸駐車場の賃貸借契約を解除することを合意し、同月24日までに本件土地から立ち退かせ、同年7月9日から遮断工事を実施しており、Yも、これらのXの準備行為を認識して、交渉を継続していたことが認められる。

     以上の事実関係に照らすと、Xが、Yとの間で、本件売買契約が確実に締結されると期待したことには合理的な理由があり、遅くとも同月31日の時点で、Yには、契約準備段階における信義則上の注意義務として、Xのかかる期待を侵害しないよう誠実に契約の成立に努める義務があったというべきである』として、損害賠償請求を認めました。

    4.民法(債権関係)改正

     ところで現在、民法(債権関係)改正作業が進んでいますが、法務省から公表された「民法(債権関係)の改正に関する中間的な論点整理」では「契約を締結するに際して必要な情報は各当事者が自ら収集するのが原則であるが、当事者間に情報量・情報処理能力等の格差がある場合などには当事者の一方が他方に対して契約締結過程における信義則上の説明義務・情報提供義務を負うことがあるとされており、このことは従来からも判例上認められている。そこで、このような説明義務・情報提供義務に関する規定を設けるべきであるとの考え方がある」と述べられ(同論点整理「第23 契約交渉段階、2 契約締結過程における説明義務・情報提供義務」)、従来明文のなかった契約締結上の過失を、民法の条文として書き入れることが検討されています。

     不動産取引にはとても関連が深いところですので、注目が必要です。

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