法律相談
月刊不動産2011年3月号掲載
売主の履行確保についての仲介業者の責任
弁護士 渡辺 晋(山下・渡辺法律事務所)
Q
売主が売買契約上の義務を履行しないことは、買主から依頼を受けた仲介業者の報酬に影響を及ぼすでしょうか。
A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。
-
1 売主の売買契約に基づく義務の不履行は、原則的に、買主から依頼を受けた仲介業者の報酬に影響を及ぼしません。仲介業務には、売主の履行を確保することは含まれないからです。
2 仲介とは、取引当事者の間に立って、物件を紹介して案内をしたり、取引条件の交渉をする等、契約成立(成約)のために尽力する行為です。
仲介業者が報酬を請求するためには、
①依頼者と仲介業者の媒介契約
②仲介契約に基づく仲介業者の媒介行為
③仲介行為の結果による依頼者と相手方との契約の成立
の3つが必要です。他方、この3つの要件を満たした場合には、報酬を請求できるのであり、売主の義務が現実に履行されたことまでは、求められません。
3 売主の現実の履行がなされなくとも、報酬請求できるかどうかが問題になったのが、東京地裁平成21年4月8日判決です。
Xの仲介によって、平成19年1月12日、売主A、買主Yの間で、3月12日を決済日とする賃貸中の建物の売買契約が成立しましたが、2月7日ころ賃借人の過失により建物に火災が発生する等の事情があって代金支払についてのトラブルが発生しました。そのため、3月12日までに所有権移転登記手続が完了せず、約9か月後の12月13日になってようやく、AとYが代金減額などの合意に達しました。
Yは、売主の履行確保という停止条件が成就されていないこと、及び、Xの仲介業務の義務違反を理由に仲介契約を解除したとの理由で、報酬の支払を拒んでいたため、XがYに対して、報酬請求の訴えを提起しました。裁判所は、次のように述べて、Xの報酬請求を肯定しました。『(1)(停止条件不成就について)
X・Y間に本件仲介契約が成立し、Xの仲介行為により、Y・A間に本件売買契約が成立しているところ、Yは、仲介契約に基づくXの仲介業務は売買契約の履行の確保にまで及び、X・Y間には、売買契約の履行の完結時に仲介手数料を支払う旨の停止条件付報酬契約が成立していると主張する。
しかしながら、宅地建物取引業者は、不動産の売買など他人間の法律行為の仲介をなすものであるから、特段の合意がない限り、売買契約等の履行の確保は仲介業務に含まれず、したがって、委託者に対する報酬請求権は、仲介行為により委託者とその相手方との間に売買契約等が成立することにより発生し、特段の合意がない限り、売買契約等が履行されたか否かによって影響を受けるものではないと解される。
しかるところ、XとYが仲介手数料について取り交わした不動産仲介手数料支払約定書の本文は、「当社(Y)は、下記物件の売買契約に関する不動産手数料として貴社(X)に下記金額を2007年3月12日までに、一括して支払うことを約します」というものであり、その文面に照らし、仲介手数料の支払を売買契約の履行に係らせたものであるとは解し難く、その弁済期を定めたにすぎないと解するのが素直であって、他に売買契約の履行の完結時に仲介手数料を請求し得る旨の合意がX・Y間に成立したことを認めるに足りる証拠はない。以上のとおりであるから、停止条件不成就の抗弁は理由がない。
(2)(仲介契約の解除について)
Yは、本件仲介契約に基づくXの仲介業務が本件売買契約の履行の確保にまで及ぶことを前提に、Xがなすべき仲介業務を果たさなかったので、仲介契約を解除したと主張する。
しかし、宅地建物取引業者の仲介業務は、特段の合意がない限り、仲介行為により成立した委託者とその相手方との間の売買契約等の履行の確保にまで及ぶものではないと解されるところ、売買契約の履行の確保をも仲介業務に含める旨の合意がX・Y間に成立したことを認めるに足りる証拠はない。よって、本件仲介契約の解除の抗弁は理由がない。』
4 この事案では、仲介業者の報酬請求が争われた要因のひとつとして、建物で火災が起きていたのに、仲介業者から依頼者に対する報告がなされていなかったという事情もあったようです。事柄の細大を問わず、依頼者に伝えるべき事項に遺漏があってはなりません。依頼者への報告が信頼関係の基盤をなすことも、あらためて確認しておく必要があります。