賃貸相談

月刊不動産2014年5月号掲載

台風による貸室の一部滅失と賃料減額

弁護士 江口 正夫(海谷・江口法律事務所)


Q

2か月前に発生した竜巻で貸室の4分の1が滅失した状態になりました。借家人は、家賃は2か月前から4分の3になったはずなので過払分を返せというのですが、返還の義務はあるのでしょうか。

A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。

  • 1. 賃貸物の滅失と賃貸借契約への影響

    賃貸していた建物が、天災地変等の当事者の責任ではない理由によって滅失した場合に、賃貸借契約にどのような影響を与えるのかについては、建物の全部滅失の場合と一部滅失の場合とで異なります。

    (1) 建物が全部滅失した場合

    地震や台風、竜巻など、賃貸人の過失によらずに建物が全部滅失したときは、当該賃貸借契約は、当該建物を目的として締結されたものですから、当該建物が滅失してしまった以上、契約を継続させることはできませんので、賃貸借契約は終了します。

    また、建物が滅失したことについて賃貸人は責任はありませんので、賃貸人が損害賠償責任を負うこともありません。

    (2)建物の一部が滅失した場合

    これに対し、建物の一部が滅失した場合は、残りの部分は使用が可能なので契約が終了するには至りません。

    賃借人は、賃借した建物の一部を使用できなくなりますが、賃貸人には建物の一部が滅失したことについて責任がありませんので、賃貸人が損害賠償責任を負うこともありません。建物賃貸借契約はその後も存続することになります。

    賃貸借契約が存続する以上、賃貸人には、残りの建物部分を賃借人に使用収益させる義務がありますし、賃借人は賃料を支払う義務がありますが、問題は、賃借人の支払うべき賃料額です。

    賃借物の一部が、当事者の過失によらずに滅失したときは、民法の危険負担の原則に従えば、賃貸人は滅失した部分を使用収益させる義務は負わないことになりますし、賃借人は、滅失した一部履行不能の部分については賃料の支払義務を免れることになるはずです(民法536 条、危険負担の原則) 。

    この危険負担の理論からすれば、建物の一部が滅失すれば、賃借人は、当然に一部滅失した部分に対応する賃料の支払義務を免れることになるはずですが、現行民法は、「賃借物の一部が賃借人の過失によらないで滅失したときは、賃借人は、その滅失した部分の割合に応じて、賃料の減額を請求することができる。」(民法611 条1項)と定めています。

    つまり、民法は、危険負担の原則からすれば、上記の場合に、賃借人は当然に滅失した部分に相応する賃料は支払わなくともよくなるはずですが、賃貸借の目的物の一部滅失の場合は、賃借人が賃料の減額請求をしたときに初めて賃料の減額が生じるものとして、賃貸借の場合には、民法の危険負担の原則の例外を定めているのです。

    2. 建物の一部が滅失して賃貸借契約が残存する場合の法律関係

    (1) 賃借人の賃料減額請求権

    前記のとおり、賃借物の一部が賃借人の過失によらないで滅失した場合には、賃借人に、賃料減額請求権が認められています。借地借家法に定める賃料増減額請求権のように、公租公課の変動や経済事情の変動等の要件は必要とはされていません。「滅失」とは、倒壊、焼失、流失等により賃借物の一部が消滅し、その使用が不可能になる場合等をいいますが、必ずしも、それに限られるものではなく、賃借物そのものの滅失ではなくとも、それにより賃借物の利用価値を減少させる場合も含まれると解されています。例えば、工場を目的とする建物賃貸借で、建物それ自体は滅失していませんが、工場建物への通路とされていた敷地の一部が使用不能となったような場合にも本条の賃料減額請求権は認められるとされています。

    (2)契約解除権

    賃借物の一部が滅失しても、契約は当然には終了しませんが、賃借人が残りの部分のみでは賃貸借の目的が達せられないような場合には、賃借人は、賃貸人に対し、契約の解除をすることができます(民法611 条2項)。この解除は、賃貸人の債務不履行に基づくものではありませんので、原則として、損害賠償請求権は発生しません。

    3. 民法改正作業との関係

    なお、現在、民法の債権法の分野の改正作業が進められていますが、改正後の民法では、現行民法の規定とは異なり、賃借物の一部が賃借人の過失によらないで滅失した場合には、賃料は当然に発生しないものと規定される予定です。賃料は賃貸目的物の使用収益の対価ですから、賃貸目的物の一部が滅失し使用収益ができなくなれば、使用収益できない部分に相当する賃料は当然に発生しないというものですので、今後の動向に注意する必要があります。

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