賃貸相談

月刊不動産2014年9月号掲載

前所有者時代の賃料滞納と契約解除の可否

弁護士 江口 正夫(海谷・江口法律事務所)


Q

当社はA社が所有する賃貸ビルを購入しましたが、同ビルのテナントの中にすでに4か月分の賃料を滞納している者がおりました。当社が賃貸人の地位を承継したので、賃貸借契約を解除したいのですが可能でしょうか。

A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。

  • 1.賃貸建物の所有権の移転と賃貸人の地位

    テナントに賃貸中の貸ビルの所有権が売買により第三者に移転した場合、建物の所有権が買主に移転することは当然ですが、旧所有者とテナントとの間で締結されていた建物賃貸借契約はどうなるのか、とりわけ旧所有者の賃貸人たる地位は当然に新所有者に引き継がれるのかという問題は古くから議論されてきたところです。

    この問題に関するリーディングケースとされる最高裁判例は、賃貸に供されている建物の所有権が第三者に移転したときは、特段の事情のない限り、賃貸人の地位は建物の新所有者に移転すると解しています。

    賃貸人の地位には、賃貸人の義務も含まれています。

    一般的に、義務の移転は債権者の承諾が必要とされています。義務の履行者が変われば、履行能力も変わると考えられるからです。しかし、最高裁の判例は、「土地の賃貸借については、賃貸借の目的となっている土地の所有者が、その所有権とともに賃貸人たる地位を他に譲渡する場合には、賃貸人の義務の移転を伴うからといって、特段の事情のない限り、賃借人の承諾を必要としない。」(最判昭和46年4月23日)との判断を示しています。また、建物賃貸借についても、最高裁は、「対抗要件を具備した賃借建物の所有権取得者は、取得と同時に当然賃貸借を承継するものであって、承継の通知を必要としない。」と判断しています(最判昭和33年9月18日)。

    2.賃貸人の地位の承継と未払賃料債権の帰属

    賃貸建物の所有権が第三者に移転すると、賃貸人の地位が当該第三者に移転することは判例上明らかですが、注意すべきことは、賃貸人の地位が移転するということと、旧所有者のもとで賃料滞納があった場合の未払賃料支払請求権という既に単なる金銭債権とその不履行についての権利関係までもが移転するかということとは別の問題だということです。

    これに関する裁判例を見ると、賃貸建物の所有権を移転するとともに、旧建物所有者から新建物所有者に対して譲渡日までの未払賃料債権をも有効に債権譲渡がなされていた場合には、新所有者による当該賃料の不払いを理由とする賃貸借契約の解除を認めているのです。逆にいえば、賃貸建物の所有権を移転しただけで、未払賃料債権の譲渡がなされていない場合は、新建物所有者はテナントの旧所有者に対する賃料滞納を理由として賃貸借契約を解除することは認められていないということなのです。

    3.旧所有者のもとでの賃料滞納を理由とする解除が認められる要件

    それでは、賃貸建物の譲渡契約において、旧所有者から新所有者に対し、それまでの未払賃料債権を譲渡する旨が合意されていれば、新所有者は旧所有者のもとでの滞納賃料の存在を理由に常に賃貸借契約の解除が可能なのでしょうか。

    (1)債権譲渡の対抗要件の具備

    この点について、裁判例は、賃貸建物の譲渡に伴い、未払賃料債権についての債権譲渡を受けている場合であっても、当該賃料債権の譲渡についての対抗要件としての債務者(賃借人)に対する通知(民法467条1項)がなされていなかった場合には、新所有者による賃貸借契約の解除を否定しています。したがって、未払賃料債権の債権譲渡の対抗要件を具備しておくことが契約の解除には不可欠となります。

    (2)建物所有権移転の対抗要件の具備

    また、賃貸建物の所有権移転に伴う賃貸人の地位の承継については、当該建物の所有権移転登記を備えることが対抗要件であるとするのが判例の立場です。これを本件のような旧所有者のもとでの未払賃料債権を理由とする賃貸借契約の解除が認められるかという問題にあてはめると、新所有者が建物所有権移転登記の前にした解除の意思表示は効力を認めず、建物所有権移転登記の具備した後に改めて行った契約解除の意思表示は有効と認めた裁判例が存在します。

    このような裁判例が存在することを念頭に置くならば、旧所有者のもとでの滞納賃料を理由に新所有者が賃貸借契約を解除するには、①未払賃料債権の債権譲渡を受けていること、②債権譲渡の対抗要件を具備していること、③当該建物の所有権移転の対抗要件(登記)を具備していること、が必要であるということになります。

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