賃貸相談

月刊不動産2014年6月号掲載

借家権の譲渡と敷金の返還

弁護士 江口 正夫(海谷・江口法律事務所)


Q

当社所有のビルをA社に賃貸していましたが、A社から借家権を関連会社のB社に譲渡したいと相談され承諾しました。その後、A社から当社に預託した敷金を返還してほしいと請求がありましたが、応じる必要があるのでしょうか。

A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。

  • 1. 借家権の譲渡の法律関係

    賃借権は、使用貸借契約に基づく使用収益に関する権利とは異なり、賃貸人の承諾を得れば、適法に譲渡することができるものとされています(民法第612条第1項)。賃貸人の承諾を得た適法な賃借権の譲渡がなされた場合には、賃貸建物に対する使用収益に関する賃貸借契約関係は一体として、従前の賃貸借契約と同一の内容で賃借権の譲受人に移転することになります。この点では、賃貸建物を第三者に譲渡した際に、賃貸人の地位も建物の譲受人に移転し、賃貸建物に対する使用収益に関する賃貸借契約関係は一体として、従前の賃貸借契約と同一の内容で建物の譲受人に移転するという点で類似しています。

    2. 借家権の譲渡と賃貸人の地位の移転との相違点

    賃貸人の地位の移転と、借家権の譲渡の場合の法律関係は類似する面はあるのですが、大きく異なる点もあります。それは、借家権が譲渡された場合に、賃借人が賃貸人に対して預託していた敷金返還請求権までもが譲受人に移転するのかという点です。

    (1)賃貸人の地位の移転の場合

    賃貸建物の所有権が第三者に譲渡された場合には、賃貸人の地位が建物譲受人である第三者に承継されることになりますが、敷金は賃貸借契約上の借家人の債務を担保するために授受されたものですので、賃貸人が変わったとしても、賃貸借契約が建物譲受人に移転する以上、敷金返還債務もこれに随伴して法律上当然に建物譲受人に移転します。

    法律上当然にという意味は、当事者の合意の有無にかかわらず移転するという意味です。たとえ、賃貸建物の譲渡契約の当事者間で、敷金について移転するか否かの合意がなかったとしても、当然に敷金返還債務は建物譲受人に承継されるということです。

    (2)借家権の譲渡の場合

    それでは、借家権を譲渡した場合も、使用収益権を中心とする賃貸借契約関係が同一性をもって借家権の譲受人に移転するのであれば、賃貸人に対する敷金返還請求権も、旧借家人から借家権の譲受人に当然に移転すると考えてよいのでしょうか。

    この点が、賃貸人の地位の移転の場合と、借家権の譲渡の場合が異なる点であり、借家権の譲渡の場合には、敷金返還請求権は当然には譲受人に移転しないのです。

    この違いをわきまえておくことが必要です。

    3. 借家権の譲渡と敷金返還請求権の承継の有無

    借家権の譲渡がなされた場合に、旧借家人が賃貸人に預託していた敷金返還請求権が、借家権の譲受人に承継されるか否かについては議論がありました。

    最高裁判所は、「賃借権が旧賃借人から新賃借人に移転され、賃貸人がこれを承諾したことにより、旧賃借人が賃貸借関係から離脱した場合においては、敷金交付者が賃貸人との間で敷金をもって新賃借人の債務不履行の担保とすることを約し、または新賃借人に対して敷金返還請求権を譲渡するなど特段の事情のない限り、敷金に関する敷金交付者の権利義務関係は新賃借人に承継されるものではない。」(最判昭和53 年12 月22 日) との判断を示しています。

    要するに、敷金返還請求権が、借家権の譲受人に移転するか否かは、当該敷金を交付して敷金返還請求権を有している旧借家人の意思に委ねられる問題であると考え、二つの場合以外は、敷金返還請求権は借家権の譲受人には承継されないというのです。

    その二つの場合とは、一つは、敷金交付者である旧借家人が賃貸人との間で敷金をもって新賃借人の債務不履行の担保とすることを約束している場合、つまり賃貸借契約書において、借家権を譲渡した場合は、敷金は借家権の譲受人の賃貸借契約上の債務不履行の担保とすると合意している場合です。

    もう一つは、旧借家人から借家権の譲受人に対し、借家権の譲渡契約の外に敷金返還請求権という債権譲渡の合意がある場合です。

    このいずれかを満たしていない場合は、賃貸人が借家権の譲渡を承諾すると、旧借家人から預託した敷金を返還せよとの請求を受ける場合があり得ますので、注意が必要です。このような場合に、旧借家人から敷金の返還請求を受けないようにするためには、賃貸人は、借家権の譲渡に承諾を与える際に、敷金は借家権の譲受人の債務不履行も担保することを承諾の条件としておくことが必要になります。

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