賃貸相談
月刊不動産2008年5月号掲載
借家人間のもめごととオーナーの対応
弁護士 江口 正夫(海谷・江口法律事務所)
Q
アパートの入居者から、「隣室の借家人の子が深夜に友達を呼んで連日大騒ぎを続けて迷惑であるので、大家側で対応せよ」と言われています。大家側で何かできるのでしょうか。
A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。
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1. 建物賃貸人の義務
(1) 使用・収益をさせる義務
アパートの賃貸借契約を締結した賃貸人は、 建物賃貸借契約に基づき、 賃借人に対し、 当該建物を使用・収益をさせる義務を負っています (民法601条) 。
この義務の内容は、第1には賃貸人が賃借人に賃貸借の対象物 (建物)を引き渡すことですが、第2に、ただ単に対象物を引き渡すだけではなく、対象物を使用・収益に適した状態におかなければならないことも義務の内容とされています。例えば、農地を賃貸した賃貸人は、ただ単に農地を引き渡せばよいというものではなく、農業委員会への賃借権の設定許可申請 (農地法3条)に協力する義務があるとされており、賃貸人が対象物を使用・収益に適した状態におかなければならないことの表れであると考えられています。
(2) 賃借人の使用・収益を妨げない義務
建物賃貸借契約を締結した賃貸人は、賃借人に建物を使用・収益をさせる義務だけではなく、自ら賃借人の使用・収益を妨げる行為を行ってはならないという義務を負います。
例えば、賃貸人が賃借人Aと賃貸借契約を締結したが未だ建物を引き渡していない間に、賃借人以外の第三者Bが、より良い賃貸条件を提示して当該建物の賃借を希望した場合に、賃貸人が当該建物をBに賃貸する旨の賃貸借契約をBとの間で締結し、Bに建物を引き渡すことは、賃貸人は、自ら賃借人の使用・収益を妨げる行為を行ってはならないという義務に違反することになりますので、賃借人Aに対して契約不履行責任を負うことになります。
(3) 第三者の妨害を排除する義務
問題は、賃貸人が自ら賃借人の使用・収益を妨げる行為を行ってはならないという義務を負うことは当然としても、第三者が賃借人の使用・収益を妨げる行為をした場合に、賃貸人が積極的に第三者の妨害を排除すべき義務が認められるかということです。
先に述べたとおり、賃貸人は、建物を賃借人に引き渡すだけではなく、建物を使用・収益に適した状態におかなければならないと解されています。「使用・収益に適した状態」とは、建物賃貸借契約の目的によって内容が異なりますが、アパート賃貸借契約の場合には、人の住居として、最低限安心して生活できる環境を提供する義務があると解されます。
隣室で深夜に友達を呼んで連日の大騒ぎを続けたりすれば、アパートの住人は夜も安心して眠ることができず、日常生活のリズムを狂わされてしまうことも予想されます。このような状態は、「人の住居として、最低限安心して生活できる環境を提供」しているとは言い難いことになってしまいます。賃貸人には、同じアパートに居住する他の借家人から迷惑を被ることのないように、他人に迷惑を与える行為を制止すべき義務があることになります。
2. 賃貸人の取り得る措置
(1) 借家人の子の迷惑行為への対処
今回は、隣接する部屋の借家人本人が迷惑行為を行っているのではなく、借家人の子が深夜に騒いでいるとのことです。
借家人本人は、建物賃貸借契約で定めた用法を遵守する義務がありますので、アパートという共同住宅における建物の用法を守る義務があり(民法616条)、共同住宅としての静謐(せいひつ)な環境を妨げてはならないという義務を負うものと解されますが、借家人の子の迷惑行為についてはどのように考えればよいでしょうか。借家人の妻や子などの同居の親族は借家人の「履行補助者」と考えられており、借家人の妻や子の行為については借家人が責任を負うものと解されています。
(2) 賃貸人の契約解除権の行使
軽微な迷惑行為や、単発的な1回の迷惑行為だけでは用法遵守義務違反として契約を解除することは困難ですが、賃貸人の再三にわたる制止を無視して、近隣への迷惑行為を繰り返す場合には、賃貸人は借家人の用法遵守義務違反を理由として契約を解除することが可能です。賃貸人としては、積極的に迷惑行為を継続している借家人に中止を勧告し、従わない場合には契約を解除することが望まれることになります。