賃貸相談
月刊不動産2015年3月号掲載
借家人に不利な特約の効力
弁護士 江口 正夫(海谷・江口法律事務所)
Q
貸ビルで店舗営業を営むテナントとの間で営業時間を制限する特約を合意したのですが、この特約は借主に不利な特約だから借地借家法上は無効だと言われました。借主に不利な特約は無効になるのでしょうか。
A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。
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1. 借地借家法と借主に不利な特約の効力
借地借家法は、借地人や借家人を保護することを目的とした法律であるから、賃貸人と借家人との間で、借家人に不利となる内容の特約をしても、借地借家法によりその特約の効力は否定されると考える人は少なくないようです。
確かに、借地借家法は、正当事由(借地借家法28条)、法定更新(同法26条)を定めており、賃貸人が正当事由を具備しなければ建物賃貸借契約は法定更新し、賃貸借は終了しない旨を定めており、これに反する特約で借家人に不利なもの、例えば、「2年間の期間が満了すれば、借家人は無償にて建物を明け渡さなければならない」という特約は、借地借家法に違反するものとして無効と解されています。しかし、このことから建物賃貸借契約において、およそ借家人に不利な特約をすると、その特約は無効となると判断することは早計です。
なぜなら、上記の「期間が満了すれば、借家人は無償にて建物を明け渡す」との特約や、その他の借家人に不利な特約の一部が無効となるのは、借地借家法30条に「この節の規定に反する特約で建物の賃借人に不利なものは無効とする。」との定めがあり、借地借家法37条に「第31条、第34条及び第35条の規定に反する特約で建物の賃借人又は転借人に不利なものは無効とする。」という規定があるからです。借家人に不利な特約が無効となる根拠はこの2つの条文(借地借家法30条と37条)なのです。
この規定によると、借地借家法は、借家人に不利な特約は全て無効とすると定めているわけではありません。
借家人に不利な特約のうち、借地借家法30条の「この節の規定」(具体的には借地借家法26条~29条の規定)に反するものと、借地借家法37条に定める、「第31条、第34条及び第35条の規定」に反するものだけを無効とすると定めているのです。これらの規定を強行規定といいます。
2. 借主に不利な特約として無効とされるもの
借地借家法において、借家人に不利な特約として無効となるものは限定されています。具体的には、借地借家法30条の「この節の規定」に反するものとして、
①借地借家法26条に反し、契約の更新に関して同条より借家人に不利な特約をする場合、
②同法27条に反し、建物賃貸借の解約に関し同条より借家人に不利な特約をする場合、
③同法28条に反し、更新拒絶の要件に関し同条より借家人に不利な特約をする場合、
④同法29条に反し、期間を1年未満とする等、借家人に不利な特約をする場合、
があり、「借地借家法37条に列挙するもの」として、
①31条に反し、引渡しがあった時は借家権を対抗することができるという規定よりも借家人に不利な特約をする場合、
②34条に反し、建物転貸借の終了の場合に、転借人に通知をしなくとも転貸借の終了を転借人に対抗できるとする転借人に不利な特約をする場合、
③35条に反し、借地上の建物の賃借人保護規定よりも借家人に不利な特約をする場合、
があり、これらと借地借家法32条(賃料増減額請求権、解釈上の強行規定といわれる)以外には、借家人に不利な特約であるとしても、借地借家法上、無効とするとは定められていないのです。
3. 借家人に不利な特約であっても無効とされないもの
借地借家法は、借家人に不利な特約のうち、借地借家法26条~29条の規定に反するものと、同法31条、34条および35条の規定に反するものだけを無効とすると定めているのですから、借地借家法のうち、これ以外の規定より借家人に不利な特約や、借地借家法に規定のない事項について、借家人に不利な特約をしても、原則として、無効となることはありません。
例えば、店舗営業を営むテナントとの間で営業時間を制限する特約は、借家人には不利な特約かもしれませんが、これを合意したとしても、借地借家法には営業時間を制限することについての強行規定はありませんので、直ちに無効となるものではありません。同様に、テナントの期間内解約を禁止する特約も、借家人にとって不利な特約かもしれませんが、借地借家法には期間内解約を認めなければならないという強行規定はありませんので、やはり無効とはいえません。