法律相談
月刊不動産2004年12月号掲載
借地権付建物売買の報酬請求権
弁護士 渡辺 晋(山下・渡辺法律事務所)
Q
借地権付建物について、地主の書面による承諾を条件とする売買契約を仲介しましたが、地主から実印押捺と印鑑証明提出を拒まれたため、決済にまで至りませんでした。仲介報酬を請求することができるでしょうか。
A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。
-
書面による地主の承諾を得られず、条件が成就していないので、仲介報酬を請求することはできません。
宅建業者が、仲介業務に基づいて仲介報酬を請求するためには、契約の成立が必要です(標準媒介契約約款(専任媒介契約約款)8条1項本文)。他方契約が成立すれば足りるのであって、現実に契約が履行されたかどうかは問われません。現実に契約の履行がなされずとも、仲介報酬を請求することは可能です。
しかし売買契約に停止条件が付されているときには、特段の考慮が必要になります。
すなわち法律行為の効力発生について、将来の不確実な事実にかからしめることを停止条件といいますが(民法127条1項)、売買契約に停止条件が付されているときには、停止条件が成就された場合にはじめて報酬の請求ができます(標準媒介契約約款(専任媒介契約約款)8条1項ただし書)。停止条件が成就しない限り、売買契約が成立しても、報酬の請求はできません。
ただし民法には、「条件の成就に因りて不利益を受くべき当事者が故意に其条件の成就を妨げたるときは相手方は其条件を成就したるものと看做すことを得」と定められています(民法130条)。停止条件が不成就の場合でも、買主が停止条件の成就を故意に妨害したとみられるならば、報酬の請求ができるわけです。ところで賃借権は、賃貸人の承諾がなければ譲渡できません(民法612条1項)。借地権付建物の譲渡にも借地権の譲渡に関する地主の承諾が必要です。
契約書に「書面による地主の承諾」を停止条件とする旨が定められていた借地権付建物の売買において、買主が地主に印鑑証明書を添付した実印押捺による承諾を求めたところ、これを拒否されたために係争となった事件がありました。この事件では、地主が借地権譲渡は拒んでいなかったものの、実印押捺と印鑑証明提出には応じなかったために、書面による地主の承諾という停止条件が成就しなかったようです。
宅建業者が、実印押捺と印鑑証明提出という買主の要求は故意による条件成就の妨害であると主張して、買主に仲介報酬を請求したのに対し、買主は、実印押捺と印鑑証明提出は不動産取引における慣行だから不当ではないと反論し、訴訟において争われることとなりました。
裁判所は次のように判決しています。
「一般に、不動産は、動産等に比較して高額である上、不動産登記手続を行う必要もあり、売買当事者の意思の確実性を明確にする趣旨で、不動産売買の必要書類に実印の押捺、印鑑証明書を添付する取引慣行が存在することは、裁判所に顕著な事実である。
ところで、借地権付建物の売買においては、買主(借地権の譲受人)にとっては、地主(賃貸人)により借地権の譲渡に対する承諾が正式に得られるか否かは、建物の存続を図り、その売買の目的を達するために極めて重大な問題である上、地主の側に相続が発生する等の事由により、賃貸人の変更が生じたような場合に、借地権譲渡について、真実承諾が得られていたかが将来問題となる事態は十分予想されるところである。
したがって、買主(借地権の譲受人)が、承諾の確実性の担保及び将来の紛争を回避するために、単に書面による承諾を得るだけでなく、地主(賃貸人)の実印の押捺及び実印の真正を確認するための印鑑証明書の添付を要求することは、理由のあるところであるといわなければならない。
すなわち、本件売買契約書の文言との関係では、売買当事者の意思としては、同契約書における『書面による地主の承諾』にいう『書面』とは、地主(賃貸人)により実印が押捺され、印鑑証明書が添付されたところの、借地権の譲渡を承諾する旨の意思が明示された書面を意味するものと解釈するのが相当である。」(東京地裁平成11年5月18日判決)。
このように買主の実印押捺と印鑑証明書提出の要求について停止条件成就の故意による妨害ではないとされて、宅建業者の仲介報酬は認められませんでした。