賃貸相談

月刊不動産2005年2月号掲載

保証金の一部前払いと手付

弁護士 江口 正夫(海谷・江口法律事務所)


Q

入居希望のテナントと3ヶ月後を入居日とするビル賃貸借契約を締結し、保証金の一部を受け取っていますが、その賃室を別の入居希望者に貸したいと思っています。受領した保証金を返還すれば大丈夫ですか。

A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。

  • 1.保証金の一部前払い

     一般に、ビルの建物期間中に、完成後のビルへの入居の権利を確保するため、賃貸借開始期間は数ヶ月先となるような場合に、保証金の一部を賃貸借契約締結時に支払い、残金は入居日に支払うといった保証金の一部前払いのケースもみられます。
     これらのケースは、いずれも保証金の一部を支払った時点では賃貸借契約期間が開始しておらず、いまだテナントは未入居の状態であることが特徴です。その際、賃貸人としては好条件を提示した別のテナント希望者に賃貸したいということでトラブルを生ずることがあります。
     こうしたケースでは、まず第1に、賃貸人は、そもそも賃貸借予約契約あるいは本契約を締結し、保証金の一部を支払っているテナントとの賃貸借予約契約あるいは本契約を解除できるかということが問題になります。
     第2に、賃貸借予約契約あるいは本契約を解除できるとしても、そのペナルティはどうなるのかということも問題になります。

    2.保証金の一部前払いの受領の形式

     このような場合の法律関係を考える上で重要になるのは、賃貸人が保証金の一部の前払いをどのような形式で受領したかということです。

    (1)保証金の一部として受領しているとき

     賃貸人は、前払金を「保証金の一部」として受領しているときは、保証金の一部前払いはまさに賃貸借予約契約あるいは本契約の履行として行われていることになります。予約契約あるいは本契約は、相手方に契約不履行がない限り、原則として解除できませんからこの場合には、そもそも賃貸借予約契約あるいは本契約を解除することができないことになります。したがって、いくら好条件を提示してきたテナント希望者があったとしても、そちらに賃貸することは賃貸借予約契約あるいは本契約違反として、契約不履行責任を追及されることになってしまいます。

    (2)予約証拠金又は契約証拠金として受領しているとき

     賃貸借予約契約を締結する際、保証金の一部に相当する額を「予約証拠金」として受領したり、本契約を締結するものの入居予定日までに相当の期間がある場合には「契約証拠金」として保証金の一部を受領し、本契約締結時あるいは実際の入居日にそれらの証拠金を保証金の支払に充当するというやり方を取ることがあります。
     この場合も、予約契約あるいは本契約を成立させている以上、相手方に契約不履行がない限り、賃貸借予約契約あるいは本契約を賃貸人側から解除することは原則としてできません。したがって、同じく好条件を提示してきたテナント希望者があったとしても、そちらに賃貸することは賃貸借予約契約あるいは本契約違反として、契約不履行責任を追及されることになってしまいます。

    (3)保証金の一部を「手付金」として受領しているとき

     契約締結時に手付金が交付されているときは、相手方に契約不履行がなくとも、手付金を放棄し、あるいは手付金の倍返しを行うことにより契約を解除することができます。
     したがって、契約当事者間で別段の定めをしていない限りは、手付金は解除権を確保したことの対価と解され、賃借人は手付金を放棄することにより、賃貸人は手付金の倍返しを行うことにより、それぞれ相手方が履行に着手するまでの間はいつでも賃貸借契約を解除することができます。
     手付よる解除を行った場合のペナルティですが、別段の定めがなければ、上記の手付金の放棄ないしは倍返し以外には損害を賠償する必要はありません。
     したがって、保証金の一部の前払いを受けるときは上記に述べた相手方から解除される可能性と同時に自ら解除する可能性を考えて、上記(1)~(3)のいずれを選択すべきかを決定することが必要です。

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