賃貸相談
月刊不動産2006年7月号掲載
使用期間を限定した建物賃貸借の契約方法
弁護士 江口 正夫(海谷・江口法律事務所)
Q
1年後にはビルを建て替えたいので、現在空いている貸室は1年間に限ってテナントを入居させたいと考えています。1年後に確実に退去させることが可能な契約方法はあるでしょうか。
A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。
-
1. 借地借家法の原則と期間を限定した賃貸借
建物の賃貸借契約を締結する場合には原則として借地借家法が適用されます。借地借家法では、契約期間が満了しても、賃貸人が正当事由を具備していない場合には賃貸借を終了させることができず、契約期間満了後も賃貸借は法定更新されるというのが借地借家法の原則となっています(借地借家法26条、28 条)。正当事由とは、(1)賃貸人が当該建物を使用する必要性の有無、(2)賃貸借に関する従前の経過、(3)建物の利用状況、(4)立退料の申出の内容等を考慮して決定されるものですが、ほとんどのケースでは正当事由は認め難いといわれています。したがって、通常の契約期間を1年とする賃貸借契約をした場合であっても、1年後に建物を建て替えたいとの理由で退去を請求しても、正当事由を具備しているとは認められず、立退要求はまず認められないものと予想されます。
それでは、賃貸人と賃借人との間で、1年の契約期間が満了したら賃借人は正当事由や法定更新を主張せずに必ず退去することを賃貸借契約書の中で合意していた場合はどうでしょうか。この場合でも、借地借家法では、正当事由、法定更新に関する借地借家法26条、28条の規定に反して、借家人に不利な特約をしても無効と定められているのです(借地借家法30条)。したがって、このような特約をしても法的には効力がありません。
それでは、賃借人の建物使用の期間を限定し、一定期間が経過した後に確実に賃貸借が終了するような契約方法はないのかということですが借地借家法では次の方法が考えられます。
1つは取壊し予定建物の賃貸借契約(借地借家法39条)を締結する方法、もう1つは借地借家法が適用されない一時使用の建物賃貸借契約(借地借家法40条)を締結する方法です。
2. 取壊し予定建物の賃貸借契約
取壊し予定建物の賃貸借契約とは、法令又は契約によって、一定の期間が経過した後に建物を取り壊すべきことが明らかな場合には、正当事由や法定更新の規定にかかわらず、建物を取り壊すときに賃貸借を終了する旨を定めることができるとされている契約類型です。一見すると、ご質問のケースはこの取壊し予定建物の賃貸借契約を利用することができるようにもみえますが、ご質問のケースでは取壊し予定建物の賃貸借は利用できません。なぜなら、取壊し予定建物の賃貸借契約は、建物の取壊しが「法令又は契約」によって義務付けられている場合に利用できるものです。ご質問のケースでは、賃貸人が取壊しを予定しているだけで、法令や契約によって取壊しが義務付けられているわけではないので、単に建替え予定であるというだけではこの類型は利用ができないのです。3. 一時使用建物の賃貸借契約
借地借家法40条では、「一時使用のために建物の賃貸借をしたことが明らかな場合」には、借地借家法の正当事由や法定更新に関する規定等は適用しないと定めています。そこで、建物を1年後に建て替えたいので、建て替えるまでの期間に限定して建物を賃貸したいということが、「一時使用のために建物の賃貸借をしたことが明らかな場合」に該当するかどうかが問題になります。
一時使用の賃貸借と認められるためには、賃貸借の目的、動機、建物利用の態様その他の事情から、建物の使用はあくまで一時的なものであって、一時的な期間が経過すれば賃貸借が終了するのが社会通念上も相当であるという事情が必要とされています。特に、賃貸人側の事情で一時使用とするためには、少なくともその事情が確定的なものであることが必要と解されています。したがって、1年後に建物を建て替えたいという漠然とした事情ではなく、新建物の建築計画が具体的に策定されているなどの事情が必要とされ、単なる予定があるというだけでは一時使用賃貸借と認められるのは困難な場合が多いといえます。