法律相談
月刊不動産2007年4月号掲載
仮契約
弁護士 渡辺 晋(山下・渡辺法律事務所)
Q
私の所有する土地について、購入予定者との間で売買代金を取り決め、仮契約書まで作成していましたが、本契約書の作成直前に、購入予定者が買受けを取りやめるといってきました。仮契約書の作成をもって、売買契約が成立しているといえるでしょうか。
A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。
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仮契約書があるだけでは、売買契約が成立したとはいえません。一般的には、契約には特段の要式をそなえる必要はなく、口頭であっても申込みと承諾が合致すれば契約は成立します。また売買成立について民法は、「売買は、当事者の一方がある財産権を相手方に移転することを約し、相手方がこれに対してその代金を支払うことを約することによって、その効力を生ずる」(555条)と定めています。そのため売買の対象が特定され、売買代金が決まれば、たとえ口約束であっても売買契約が成立するようにもみえます。
しかし不動産は生活に不可欠の重要な財産であり、しかも売買代金は高額ですから、不動産取引は慎重かつ確実に行われなければなりません。そこで通常は、口約束だけではなく、契約書という書面を作成することによって、契約が締結されています。
裁判所も「相当高額となる土地の売買にあっては、土地所有権の移転と代金の合意のほか、いわゆる過怠約款を定めた上、売買契約書を作成し、手付金もしくは内金を授受するのは、相当定着した慣行であることは顕著な事実である。この慣行は、重視されて然るべきであり、慣行を重視する立場に立てば、土地の売買の場合、契約当事者が慣行に従うものと認められるかぎり、売買契約書を作成し、内金を授受することは、売買の成立要件をなすと考えるのが相当である」として、契約書の作成による契約締結を、定着した慣行と判示しています。(東京高裁昭和50年6月30日判決)。
次に、書面が作成されていても、その書面が仮契約書など、契約書という名称のものではない場合、契約の成立が認められるのかどうかが、問題とされることがあります。
高圧線設置のための地役権が設定されている土地の売買に関し、(1)仮契約書と題する書面が作成され、(2)仮契約書の中で、仮契約書は正式契約でなく、具体的細部事項は改めて定めた上で正式契約を締結すると規定され、(3)実際に具体的細部事項についての交渉が継続されていた、という状況において、正式契約前に、購入予定者が地役権の存在などを理由として買受けを拒み、話合いが物別れに終わってしまったという事案があり、売買契約が成立したか否かが訴訟で争われました。
判決では、「売買契約は、当事者双方が売買を成立させようとする最終的かつ確定的な意思表示をし、これが合致することによつて成立するものであり、交渉の過程において、双方がそれまでに合致した事項を書面に記載して調印したとしても、さらに交渉の継続が予定され、最終的な意思表示が留保されている場合には、いまだ売買契約は成立していないことは言うまでもない。これを本件について考察すると、仮契約書は後日正式契約を締結し、正式契約書を作成することにより売買契約を成立させるという当事者の意思を示したものというべきであり、売買契約の成立に必要な最終的かつ確定的な意思表示がなされ、売買契約が成立したものと認めることはできず、さらに交渉を継続して、売買契約に盛り込むべき具体的細部事項を定め、仮契約書の各条項を基本的な内容とする売買契約を締結することを定めた契約が、締結されたにすぎないことが認められる」として、仮契約書が作成されたとはいえ、売買契約は成立していないと判断されました(東京地裁昭和57年2月17日判決)。
なお裁判所は同時に、「本件仮契約は、正式な売買契約を締結することを目的とするものだから、その性質上、所有者と買受予定者とは、互いに、売買契約が締結できるように努力し、その売買契約に盛り込むべき具体的細部事項について誠実に交渉をなすべき義務を負うに至ったものというべきであり、正式契約を締結させることが公平の見地からみて不合理である事情が判明するなどの正当な事由が存在しないのに、当事者が正式契約の締結を拒否すれば、誠実交渉義務違反による債務不履行の責を免れないものと解すべきである」として、仮契約の当事者に対し、誠実に相手方と交渉すべき義務があることを認定しています。
以上から、ご質問のケースにおいても、売買契約は成立していませんが、購入予定者が買受けを取りやめたことに正当な事由がなければ、購入予定者は損害賠償義務を負うことになりましょう。