賃貸相談

月刊不動産2017年6月号掲載

事務所目的の賃貸とシェアオフィスの使用

江口 正夫(海谷・江口・池田法律事務所 弁護士)


Q

 いわゆる貸机業は禁止と定めたうえで、当社所有ビルのワンフロアを事務所目的で賃貸したのですが、現地を見ると、多くの会社名が表示されたシェアオフィスの状態になっていました。賃貸借契約を解除したいのですが、可能でしょうか。

A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。

  • Answer

     貸ビルの賃貸借契約において、シェアオフィスやバーチャルオフィスとして使用する、いわゆる貸机業を禁止すること自体が許されないわけではありません。この禁止に違反した場合、それが当事者間の信頼関係を破壊するようなときには契約の解除が認められます。実際に、貸机業の禁止規定に違反した場合に解除を認めた裁判例もあります。

  • 1.賃貸借契約における賃借人の義務

     建物賃貸借契約における賃借人の義務において、最も基本的なものは賃料支払義務です。民法は、「賃貸借は、当事者の一方がある物の使用及び収益を相手方にさせることを約し、相手方がこれに対してその賃料を支払うことを約することによって、その効力を生ずる」(民法601条)と定めています。この条文からすると、賃借人が賃貸借契約において約束したのは賃料の支払義務だけであり、賃借人は賃料の支払義務以外は負わないように見えるかもしれませんが、賃借人の義務は賃料の支払義務だけではありません。

     賃借人は、民法が賃借人の義務と定めている事項を遵守しなければなりません。例えば、賃借人は、賃借物が修繕を要し、又は賃借物について権利を主張する者があるときは、遅滞なくその旨を賃貸人に通知する義務を負います(民法615条)。また賃借人は、賃貸人の承諾を得ることなく、その賃借権を譲渡したり、賃借物を転貸することをしてはならないとの義務も負います(民法612条1項)。

     また、見落としやすい点ですが、民法616条は、使用貸借についての規定の一部を準用しています。準用される規定は、民法594条1項(用法遵守義務)、597条1項(借用物の返還時期)及び598条(借主の原状回復)の規定です。

     特に、民法594条1項は、「借主は、契約又はその目的物の性質によって定まった用法に従い、その物の使用及び収益をしなければならない」と定めています。この規定が賃貸借に準用されていますので、賃借人は、賃貸借契約において、使用方法を定めたとすれば、契約で定めた用法に従った使用及び収益をする義務があることになります。

  • 2.建物の使用方法を定める合意の有効性

     上記のとおり、民法は、使用貸借に関する民法594条1項を準用していますので、賃貸借契約において、目的物の使用方法を定めることは、法が予定していることになります。したがって、当事者が契約で定めた用法が公序良俗(民法90条)に反するような反社会性の強いものでない限り、用法を定めた契約条項は有効なものと考えられます。

     それでは、事務所仕様で建築されている貸ビルにおいて、いわゆる貸机業として使用することを禁止する特約は有効と考えられるのでしょうか。いわゆる貸机業とは、室内に複数の机やブースを設置し、これを会員となった第三者に使用させることを業とするもので、会員の会社名を表示する名札を掲載させたり、外部からの電話に対する対応や郵便物の受領を行い、物件によっては、受付対応や会議室の利用、その建物での会社の登記も可能というサービスを提供するものまであります。シェアオフィスやバーチャルオフィスといわれるものが多く存在しています。

     こうした使用方法を賃貸人が許容したうえで賃貸借契約を締結する場合もありますが、賃貸人としては直接には契約関係のない複数の第三者が自己のビル内に名札を掲示し、あるいは自己のビルを会社の所在地として登記したり、複数の第三者が出入りして使用収益をすることになりますので、賃貸借契約において、これを禁止するとの特約を結ぶこともあります。

     このような、いわゆる貸机業として居室を使用することを禁止する特約について、賃貸人側がこれを禁止したいと考えることに合理性がないとはいえず、禁止特約が公序良俗に反するとはいえないと考えられます。したがって、建物賃貸借契約において、貸机業を営んではならないとの特約は有効なものと考えられます。

  • 3.用法違反を理由とする賃貸借契約の解除の可否

     賃借人が定められた用法に違反して建物を使用収益した場合に、賃貸人は賃貸借契約を解除できるかが問題となります。民法616条は、使用貸借における用法遵守を定めた民法594条1項を準用していますが、用法違反の場合に使用貸借契約を解除できると定めた民法594条3項は準用していません。

     それでは、賃貸借契約の場合には、賃借人の用法違反はどのように扱われるかというと、用法を遵守することは賃貸借契約上の債務ですから、債務不履行を理由とする解除が考えられます。ただし、賃貸借契約のような継続的な契約関係においては、債務の不履行が当事者間の信頼関係を破壊するに足りる程度のものであることが必要と解されています。

     判例においては、事務所としての建物賃貸借契約において貸机業を禁止していた場合に、賃借人がこれに違反して貸机業を営んでいたというケースについて、裁判所は、ビルの一室の賃貸借契約において、建物の用法として貸机業を営んではならないとの用法遵守義務を定めることは相応の合理性があるものとして、特約による用法違反を理由として賃貸借契約の解除が有効であると判断しています(東京高判昭和61年2月28日、判例タイムズ609号64頁)。

  • Point

    • 建物賃貸借契約における賃借人の義務は賃料支払義務だけではなく、賃借人は民法等の法律および契約で定められた義務を負う。
    • 建物賃貸借契約において、賃貸建物の用法を限定する特約は、有効に定めることができる。
    • 建物賃貸借契約において、貸机業を営んではならないとの用法を定める特約は、相応の合理性があり、有効であると解される。
    • 賃借人の用法違反は、賃貸借契約上の債務不履行であり、それが信頼関係を破壊すると認められる場合には賃貸借契約の解除原因となり得る。
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