法律相談

月刊不動産2021年06月号掲載

マンションの隣接住戸での自殺

弁護士 渡辺 晋(山下・渡辺法律事務所)


Q

10階建てマンションの一室を所有し、居住しています。3カ月前に隣の住戸で自殺があり、遺体が長期間放置されていました。悪臭がひどく健康を害してしまったので、住戸の売却を検討しています。隣接住戸の自殺による住戸価値の下落を理由として相続人に損害賠償を請求できるでしょうか。

A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。

  • 1. 回答

     住戸の価値が下落したことを理由とする損害賠償を請求することはできないと思われます。マンションの住戸内で自殺があった場合には、その住戸内で感じる嫌悪感は住み心地に影響します(したがって、その住戸の価値は下落する)が、ほかの住戸に関しては、住み心地に影響が及ぶとは考えられない(したがって、住戸の価値は下落しない)とされているためです。ただし、悪臭によって健康を害するなどの被害を受けている場合には、健康被害に対する損害賠償を請求することができます。

  • 2. マンションの住戸内での自殺

     さて、物にキズがあれば、物の価値は損なわれます。売買において契約で予定されていなかったキズがある場合に売主が契約不適合責任を負うのも(民法562条~564条)、キズによって物の価値が低下するからです。居住を目的とする不動産の場合、物理的なキズに加え、嫌悪感を生じさせて住み心地に影響を与えるような心理的なキズもまた、不動産の価値を減少させます( 心理的瑕疵、たとえば、大阪高判平成18・12・19 判時1971号130頁)。自殺など過去に忌まわしい事故・事件が発生していたことは、心理的な嫌悪感を生じさせるキズとなります。
     もっとも、嫌悪感が心理的なキズとして物の価値を低下させるかどうかは、嫌悪感を感じることに一般人からみて合理性があるかどうかによって判断されます。このような観点から、自殺があった場合、自殺があった住戸の価値は下落しますが、他方で、通常は壁や天井で区切られているほかの住戸については、住み心地に影響する嫌悪感を感じさせるものとはいえず、その価値には影響を及ぼさないとされています。

  • 3. 東京地判令和2・3・13

    1. 事案の概要
     10階建てマンションの308号室でひとり暮らしをしていた所有者A が、室内で首をつって自殺したケースが東京地判令和2・3・13(2020WLJPCA03138013)です。自殺が判明したのは、自殺から約2カ月経過した時に共用部分で強い異臭が感じられたことが契機でした。警察官立会いのもとで室内に立ち入ったところ、遺体が発見され、室内の清掃や改装がなされた後も異臭が消えなかったために、隣接住戸の所有者Xは、適応障害を発症し、さらにその後住戸を売却してしまいました。Xは、Aの相続人のYに対し、適応障害についての治療費と医者からすすめられて利用したホテル代、および、自殺によって損なわれた住戸価値の下落分を請求、訴えを提起しました。
     東京地裁は、治療費とホテル代の請求を肯定し、住戸価値の下落分の請求は否定しています。

    2. 裁判所の判断
     まず、判決では『自殺それ自体は、刑事法を含む公法上の違法行為と定められているわけではない。しかし、自殺行為により他者の権利利益を違法に侵害すれば不法行為が成立する』として、『自殺が不法行為となりうるのであって、自殺によって他人に損害を生じさせた場合には、相続人が損害賠償の義務を負う』と述べています。
     次に適応障害という健康被害については『本件自殺の結果生じた悪臭により、Xは適応障害となり、その利益を違法に侵害されたものと認められるから、Aは、本件自殺と相当因果関係のあるXの損害を賠償すべき不法行為責任を負うというべきである診断に係る診療費及び薬代ならびに医師の指示により自宅を離れたことにより支出したホテル代については、Aの自殺と相当因果関係を有する損害である』として、診療費やホテル代を損害と認めました。
     しかし、財産的な価値の低下については『区分所有建物であるマンションは、各住戸(専有部分)が、構造上区分されており、利用上も独立して人の居住の用に供することができるのであって、各住戸内で生じた自殺等の事故(いわゆる心理的瑕疵)が、特段の事情がない場合においても、一般的に、他の住戸の価値に影響するという社会通念が確立されていると認めるに足りる証拠はない』として、これを否定しています。

今回のポイント

●自殺など過去の事件・事故が、そこに居住するにあたって心理的な嫌悪感を感じさせる場合には、心理的なキズがあるものとして、居住を目的とする不動産の価値は低下する。
●自殺など過去の事件・事故が、居住を目的とする不動産の価値を低下させるかどうかは、居住にあたって嫌悪感を感じることが一般人からみて合理的かどうかによって判断される。マンションの住戸で自殺があった場合には、自殺があった住戸内については心理的な嫌悪感を感じることに合理性があり、心理的なキズがあるということができる。
●マンションの住戸で自殺があった場合のほかの住戸への影響に関しては、一般人からみたときには、通常は壁や天井で区切られていることから、住み心地に影響する嫌悪感を感じるものではなく、その価値を低下させるものではないとされている。

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