賃貸相談

月刊不動産2013年11月号掲載

ペットの飼育と賃貸借契約の解除

弁護士 江口 正夫(海谷・江口法律事務所)


Q

私の経営する賃貸マンションはペット禁止特約を付けていますが、先日、2階の入居者の方が猫を1匹飼育していることが分かりました。契約違反を理由に賃貸借契約を解除できるでしょうか。

A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。

  • 1. 賃貸借契約における賃借人の義務

     賃貸マンションやアパートの賃貸借契約を締結すると、賃貸人は、賃借人に対し、契約した居室を賃借人に使用収益させる義務を負い、賃借人は当該居室を使用収益する対価としての賃料支払義務を負います。

     しかし、賃貸借契約を締結したことにより負うべき義務は、賃貸人・賃借人のいずれにおいても、上記の義務に限られるわけではありません。例えば、賃貸人は賃料を収受して建物を賃借人に使用収益させる以上は、建物を使用収益に適する状態にして賃貸する義務があり、使用収益に必要な修繕は基本的に賃貸人が行う義務を負っています(民法606 条1項)。

     他方において、賃借人の義務も賃料を支払うことのみではありません。例えば、民法では、使用貸借に関する規定の一部を賃貸借に準用することとしていますが、使用貸借に関する民法594 条1項の規定(「借主は、契約又はその目的物の性質によって定まった用法に従い、その物の使用及び収益をしなければならない。」)が賃貸借に準用されています。その結果、賃借人は、賃貸人に対し、契約で定めた用法か、あるいは契約の目的物(賃貸マンション・アパート等)の性質から定まった用法に従って使用収益をする義務を負っています。この義務を賃借人の用法遵守義務といいます。

    2. 用法遵守義務

     上記のとおり、賃借人は、賃料を支払っていさえすれば賃貸借契約上の義務を全て履行したというわけではなく、賃貸マンションやアパートを使用収益するには、契約や目的物の性質により導かれる用法に従った使用収益をしない限りは、債務不履行であると解されることになります。

     賃貸マンションやアパートにおいて、何が目的物の性質から定まった用法であるかについては、必ずしも明確とは言い難い場合もあり得るため、できれば、賃貸借契約書において、使用目的を合意したり、どのような使用方法が禁止されるのかを明示して合意しておくことが好ましいといえます。

     使用目的や用法の制限の例としては、①住居としてのみ使用することや、②夜間に騒音を発生させ近隣に迷惑な行為をしないこと、③ペット禁止等があります。

    3. ペット禁止特約

     高齢化社会が急速に進行したこととも関係があるかもしれませんが、最近では、高齢者の方がペットを飼育することにより精神的なやすらぎを得られるという場合も少なくなく、ペットの効用が評価されています。それにもかかわらず、賃貸住宅においてペット禁止特約が合意されるのは、飼育状況にもよりますが、ペットにより建物に傷が付いたり、悪臭を居室内に染み込ませたり、衛生上の問題を生じさせたりするケースもあり得るからです。

     したがって、賃貸借契約の当事者間でペット禁止特約を締結した場合には、かかる特約は有効であると解されています。ただし、ペット禁止特約があるからといって、ペットを飼育した場合は常に賃貸借契約を解除することができるかといえば、必ずしもそうとはいえません。

     なぜなら、建物賃貸借契約の解除については、いわゆる信頼関係破壊理論が採用されており、契約違反があったとしても、それが賃貸借の当事者間の信頼関係を破壊するに足りる程度のものであることが必要とされるからです。ペット禁止特約があるにもかかわらず、ペットを飼育するということは、それが契約違反であることは確かですが、それが信頼関係を破壊するものであるか否かは別途に判断しなければなりません。

     その意味において、ペットの種類や飼育数、飼育状況にもよることではありますが、単にペットを飼っているというだけでは賃貸借契約の解除は困難な場合があり得ます。しかし、飼育状況によっては、建物への損傷が予想されるような状況であったり、近隣への迷惑が発生するなどの問題が看過できない状態である場合には信頼関係を破壊するものとして、賃貸借契約の解除は可能と考えられます。

     なお、ペット禁止特約が存しない場合には、ペットを飼育しても絶対に賃貸借契約を解除することができないのかといえば、必ずしもそうではありません。

     おびただしい数のペットを飼育し、その飼育状況も良好ではなく、建物を汚損させたり、糞尿の処理が十分ではなく、近隣住民にも迷惑をかけるような状態である場合には、ペット禁止特約が存しない場合でも、目的物の性質により定まった用法に反するものとして賃貸借契約の解除は可能と考えられます。

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