賃貸相談

月刊不動産2005年7月号掲載

テナントの賃借権譲渡を承諾する際の注意点

弁護士 江口 正夫(海谷・江口法律事務所)


Q

当社は賃貸事業用ビルを所有しています。テナントの一社が経営の合理化で賃貸借は解除しないが、貸室の賃借権を子会社に承継させたいので承諾してほしいと言っています。承諾する際には、どのような点に注意すればよいのでしょうか。

A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。

  • 1. 賃借権の譲渡と賃貸人の承諾

     建物賃貸借契約における借家人は、借地借家法で保護された借家権を有していますが、借家権を第三者に自由に譲渡できるわけではありません。民法612条1項は、賃借人は、賃貸人の承諾がなければ借家権を譲渡することができない旨を定めています。これに違反して、借家人が賃貸人に無断で借家権を第三者に譲渡して建物を第三者に使用収益させた場合には、民法612条2項では、賃貸人は賃貸借契約の解除をすることができると定められています。

    2. 賃貸借の譲渡と保証金の承継の有無

    (1) 賃借権の譲渡により承継される法律関係
     一般に、賃貸人の承諾を得て、借家権が譲渡されると、賃貸借契約関係は同一性をもって、旧賃借人から新賃借人へと承継され、旧賃借人は従前の賃貸借契約関係から離脱するものとされています。

     具体的には、建物を使用収益する権利は新賃借人へ移転し、賃料を支払う義務も新賃借人が承継することになります。しかも、その権利内容は従前の賃貸借と同一の内容で移転するわけです。ここで、従来の賃貸借契約から発生したすべての権利・義務関係が、賃貸人と新賃借人との間に移転すれば、問題ありません。

     しかし、旧賃借人が、賃貸人に敷金ないしは保証金を差し入れていた場合、その敷金ないしは保証金の返還請求権も新賃借人に当然に承継されるか、ということについては問題とされているのです(この扱いは敷金であっても保証金であっても同じです)。

    (2) 賃借権の譲渡と保証金返還請求権の承継の有無
     賃借権の譲渡の場合に、保証金返還請求権が新賃借人に当然に承継されるのであれば、賃貸人は、賃借権が譲渡された場合であっても、直ちに保証金を返還する必要はありません。保証金は、新賃借人との契約関係が終了し、新賃借人が建物を明け渡したときに返還すれば足りることになります。

     これに反して、賃借権の譲渡の場合には保証金返還請求権は新賃借人に当然には承継されないとすると、賃貸人は、賃借権の譲渡があった時点で預かっていた保証金を、契約関係から離脱する旧賃借人に対し返還しなければならなくなります。その上で、新賃借人から新たに保証金を差し入れてもらうということになります。しかし、昨今のように、保証金の額が減少傾向にあるという場合には、旧賃借人に対して返還する保証金のほうが、新賃借人から受け取る保証金よりも多額になってしまい、プラス、マイナスの計算からは出金のほうが多いということにもなりかねません。

     この点については、最高裁判所は、敷金の事例において、借家権が譲渡された場合には、賃貸人と旧賃借人、新賃借人との間で特別の合意をすれば別ですが、何も合意をしていない場合には、敷金返還請求権は新賃借人には承継されないと判断しています(最高裁昭和53年12月22日判決)。したがって、賃借権譲渡の承諾の際に、何も合意しなければ、賃貸人は旧賃借人に対して保証金を返還しなければならないということを意味することになります。

    3. 賃借権の譲渡と有益費償還請求権の承継の有無

     また、賃借権を譲渡しようとするテナントが、それまでに貸室店舗の入口の改装工事やトイレ等の改装等貸室の価値を高めるような有益費を支出していた場合にも、有益費の償還を旧賃借人に対して行う必要があるか否かも問題になります。
     この点も、敷金や保証金と同様に、賃借権の譲渡によって賃借人が入れ替わるとしても、当然には新賃借人には承継されないと解されています。

    4. 賃借権の譲渡に対して承諾する場合の留意点

     上記のように、テナントの経営合理化等の事情からテナントが系列の子会社等に承継されるという場合には、新テナントの信用も大切ですが、敷金、保証金あるいは有益費の処理も行う必要があります。判例が述べているのは、これらは当然には承継されないということなので、賃貸人は、賃借権の譲渡を承諾する場合には、これらを新賃借人が承継し、新賃借人との賃貸借契約が終了する場合に返還すれば足りるということについて、新旧賃借人との間で合意を取り交わしておくことが必要ですので、注意してください。

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