賃貸相談

月刊不動産2011年3月号掲載

チラシ募集物件の賃貸借契約の拒絶

弁護士 江口 正夫(海谷・江口法律事務所)


Q

テナント募集広告をしたところ、X社から、当社の募集条件をすべて承諾するので契約書面を作成したいとの連絡がありました。X社が反社会的勢力のおそれがあるので拒否したいのですが、可能でしょうか。

A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。

  • 1.建物賃貸借契約の成立要件

     一般に、契約については、諾成契約(だくせいけいやく)の原則が適用され、口頭による契約申込みの意思表示と、口頭による承諾の意思表示が合致すれば、契約は成立するというのが法律上の原則です(例外的に、契約書面を作成しなければ有効な契約の成立が認められないものもあり、事業用定期借地権設定契約や保証契約等がその例です)。

     ご質問のケースでは、貸主側が、募集広告チラシに賃貸借契約の募集条件を記載してテナントを募集し、賃借を希望する側が募集広告の条件をすべて受け入れると連絡してきたというものです。

     仮に、一定の募集条件を記載した募集広告を行うことを「契約の申込み」と捉(とら)えるとするならば、賃借を希望する側の「募集条件をすべて受け入れるので賃借したい」との意思表示は「申込みに対する承諾」と見られる余地があり得ることになります。これでは、募集広告を行えば、募集広告に応じて賃借を希望する者から、その旨の連絡を受ければ直ちに建物賃貸借契約が成立してしまうことになりかねません。
    契約が成立してしまえば、契約無効事由や契約解除事由等が存在しない限り、契約の拘束力を免れることはできなくなってしまいます。

     問題は、一定の募集条件を記載した募集広告を行うことが、「契約の申込み」と認められることになるか否かという点にあります。

    2.契約の「申込み」と「申込みの誘引」

     申込みと似て非なるものに、「申込みの誘引」という概念があります。「申込みの誘引」とは、契約の申込みをしてもらうために、申込みを誘うための通知を行うことをいいます。チラシによる募集広告は、まさに、相手方に契約を申し込んでもらうために行う宣伝広告なのです。

     「申込みの誘引」は、これに応じて相手方がそれを受け入れる旨の意思表示をしたとしても、それによって契約が成立することにはなりません。なぜなら、申込みの誘引に応じてなされた相手方の契約したいとの意思表示こそが契約の申込みとなるからです。この契約の申込みに対して、改めて契約の誘引を行った側が承諾の意思表示をしない限り、契約は成立しないのです。

     要するに、テナント募集の広告チラシは「申込みの誘引」であり、これに応じてなされた賃借希望者側の建物を賃借したいとの意思表示が「契約の申込み」であって、これに対しては、募集広告を行った側が賃貸を承諾する旨の意思表示がなされて、初めて建物賃貸借契約が成立することになります。

    3.承諾の自由

     契約の申込みの意思表示がなされたことに対して、申込みの誘引を行った側が、これを承諾するか否かは全くの自由です。契約の申込みの誘引を行った以上は、申込みに対して承諾しなければならない等という制限は一切ありません。

     それでは、申込みの誘因に対し、相手方が「募集チラシの条件で契約を申し込みます。1週間以内の拒絶の通知がない限り、承諾がなされたものとみなします。」と通知してきた場合には、1週間以内に拒絶の通知をしない限り、契約は成立したことになるのでしょうか。原則として、そのようなことはありません。相手方が一方的に付けた条件に従う義務はないからです。

     なお、商法509条は、商人が平常取引をする者から、その営業の部類に属する契約の申込みを受けたときは、遅滞なく契約の申込みに対する諾否の通知を発しなければならないと定め、商人がこの通知を発することを怠ったときは、その商人は契約の申込みを承諾したものとみなすと定めています。
    この規定は、「平常取引をする者」から契約の申込みを受けた場合の規定ですので、テナント募集広告を見て契約を申し込んできた相手方は、これに該当することは極めて稀(まれ)であり、拒絶の通知をしなくとも、契約が成立することはほとんど考え難いといってよいと思われます。

     法的には、申込みに対して承諾しなければ契約は成立しないのですから、承諾しない旨を相手方に通知することや、承諾しないことの理由まで通知することは求められてはおりません。したがって、契約できない旨を通知する場合も理由を正確に述べる必要はありません。

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