賃貸相談

月刊不動産2012年10月号掲載

アパートにおける騒音クレーム

弁護士 江口 正夫(海谷・江口法律事務所)


Q

私所有のアパートの1階の住人から、2階の住人が夜中に大きな音をたてるので安眠できない、直ちに止めさせてほしい、それができないのなら家賃を半額にせよと言われています。どうすべきでしょうか。

A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。

  • 1 賃貸借契約における賃貸人の法的義務

     1階の住人からのクレームは、アパートの住人同士の揉めごとに端を発することではありますが、これを住人同士の問題であるから、賃貸人は関知しない、当事者間で話し合って解決せよと言えば済む問題ではありません。

     何故なら、民法は、賃貸借契約について、「賃貸借は、当事者の一方がある物の使用及び収益を相手方にさせることを約し、相手方がこれに対してその賃料を支払うことを約することによって、その効力を生ずる。」(民法601条) と規定しており、賃貸人は、賃料を受け取る反面において、賃借人に建物を使用収益させる義務を負うものとされているからです。

    (1) 賃貸人の「使用収益させる義務」

     賃貸人の「使用収益させる義務」とは、賃貸物を賃貸借契約の目的が達成できるように適切に使用収益させる義務と考えられています。従って、賃貸アパートとして賃貸借契約を締結した場合には、賃貸人にはアパートの居室を住居として使用収益できるように配慮する義務があると解せられます。人の住居として使用収益する以上、夜中に安眠できない様な状態を放置することは、賃貸人が使用収益させる義務を果たしたとは言えない可能性があります。

    (2) 賃借人の行為に対する是正の可否

     しかし、大きな音をたてているのは賃貸人ではなくアパートの他の居室の住人です。この場合に、賃貸人が大きな音をたてている他の住人に対して、制止を求めることができるか否かは、当該住人の行為が賃貸借契約に違反するものであるか否かにかかることになります。アパートの住人の行為が賃貸借契約に違反するものであれば、賃貸人として、契約違反行為の是正を求めることは可能だからです。

     従って、賃借人の使用収益行為が賃貸借契約に違反する場合には、賃貸人は、当該賃借人に対し、その是正を求めることができますし、是正を求めることは他の賃借人に対する賃貸人の義務でもあります。
     
    2 賃貸借契約における賃借人の法的義務

     賃借人は、賃貸借契約に基づき賃料を支払う義務を負いますが、賃借人の義務は賃料支払義務に限るものではありません。民法616条は、賃借人が「契約又はその目的物の性質によって定まった用法に従い、その物の使用及び収益をしてければならない。」と定めています。これを賃借人の「用法遵守義務」といいます。

     従って、賃借人は、賃貸人に対して、賃料支払義務とともに用法遵守義務も負っています。2階の住人の行為が用法遵守義務に違反するものであれば、賃貸人は、2階の住人に対し、用法遵守義務違反を理由として是正を求めることができますし、またこれを求めることがアパートの他の住人に対する賃貸人の義務でもあります。

    3 具体的な対応

    (1) 受忍限度についての判断

     まず、賃貸人としては速やかに事実を確認する必要があります。共同住宅では、壁1枚と床下スラブで各居室が接していますので、騒音や振動を皆無とすることまでは困難な場合があります。小さな子供のいる家庭では、子供が床を走り回ることはある程度は避けることのできないことでもあります。従って、どのような騒音でも発生させてはならないとまでは言えませんので、受忍限度を超えるような騒音の発生が禁止されていると考えることになります。

     受忍限度を超えているか否かを判断する上では、音の発生する時間帯、騒音の種類や程度、騒音の継続時間等を考慮することになります。

    (2) 迅速かつ正確な事実関係の調査

     2階の住人の行為が賃貸借契約上も問題である場合には直ちにその制止を求めることが必要ですが、仮に2階の住人の行為が実際には賃貸借契約違反とはならないと判断されるようなものであった場合には、賃貸人が事実関係を正確に把握することなく、その是正を求めることは、逆に2階の住人に対する不当な干渉であるとして問題を生ずることにもなりかねません。

     従って、本件のような問題を対処するに当たっては何よりも迅速に調査を行うと同時に、正確な事実関係の調査をすることが必要です。

     賃貸人としては、必要に応じて、他の住人からの聞き取り調査を行ったり、現地を調査して、実際の騒音の発生時間帯や騒音の種類や程度、継続時間等を確認することが必要となります。

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