法律相談

月刊不動産2019年3月号掲載

がけ条例違反の説明義務

弁護士 渡辺 晋(山下・渡辺法律事務所)


Q

敷地の一部ががけとなっている中古住宅を購入しましたが、購入後、がけ条例に違反しているため、防護壁設置工事が必要であることが判明しました。仲介業者からは説明を受けていません。仲介業者に工事費用を請求できるでしょうか。

A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。

  • 仲介業者に請求できる

     防護壁設置工事費用を仲介業者に請求することができます。仲介業者は、がけ条例に違反していることを説明すべきであったのにこれを説明しなかった説明義務違反があり、そ
    れによって工事が必要になったからです。
     ご質問と類似のケースの裁判例が東京地判平成28.11.18です。買主から仲介業者に対する損害賠償請求が肯定されています。

  • 東京地判平成28.11.18

    (1)事案の概要
     ①X(個人)は、A(売主Y側の仲介業者)およびB(買主X側の仲介業者)の仲介によって、Y(個人)から、平成26年7月15日、中古建物(本件建物)とその敷地の土地(本件土地)を6,400万円で購入した(本件売買契約)。
     本件土地の西側は高さ2.6mのがけとなっているが、がけには大谷石で築造された擁壁が設置されているにすぎないため、がけ下に当たる本件土地上に木造家屋を建築する際には、がけ下からがけ高の2倍以上離して建築するか、がけと建物の間に防護壁を設置しなければならないという制限を受ける[東京都建築安全条例(以下「都がけ条例」という)6条]。しかるに本件建物はいずれの要件も満たしていなかった。
     ②本件売買契約における重要事項説明書には、 都がけ条例に関する記載はなく、「東西南北の隣接地(道路を含む)とは高低差があります。土留めのブロック塀・擁壁には土圧でひび割れや傾きの可能性もあります」「買主は対象不動産の周辺環境、隣接地の状況、周辺施設等を確認したうえで、 売買契約を行うものとし、これを買い受けるものとします」と記載されているにすぎなかった。口頭による説明もなされていない。
     ③ Xが購入した後、本件土地西側のがけについて、都がけ条例において土地利用に制約があり、都がけ条例を遵守するためには防護壁や建物1階部分の補強工事のための工事費用約2,082万円を要することが判明した。Yと、AおよびBのいずれもこの工事費用
    負担の求めに応じなかったため、Ⅹは、Yと、AおよびBに対して損害賠償を求め、訴えを提起した。
     ④裁判所は、AおよびBに説明義務違反があったとして、AおよびBに対する請求を肯定した。
     なお、Yに対する請求については、不動産の取引には疎い素人であることなどを理由
    に、違法な説明義務違反と評価するまでには足りないとして、損害賠償請求は、否定されている。

    (2)裁判所の判断
     「本件売買契約当時、本件建物は都がけ条例6条に違反していて、その違反状態を解消するためには防護壁や建物1階部分の補強が必要であった。これは本件建物に係る法令制限違反の問題であるところ、Yの担当者であるAは、本件売買契約当時、本件建物が都がけ条例に違反しており検査済証も取得していないことを認識していたと供述するにもかかわらず、Xに対し、そのことを明確に説明することをしなかったし、Xの担当者であるBも、本件物件の重要事項説明を上記Aに委ねたまま、独自に説明をすることをしなかった。不動産については行政法規による規制が多く存在し、そのような法令制限に関する状態を宅地建物の取引に関する専門的な知識と経験、調査能力を有しない一般的購入者が正確に認識すること自体が至難の業であることから、宅地建物取引業法は、宅地建物取引業を営む者につき免許制度を実施し、各種の業法的規制を定めて、購
    入者等の保護を図ろうとしており(同法1条参照)、かかる観点から同法35条は宅地建物取引業者に不動産の売買等において法令上の制限等を始めとする重要事項の説明義務を課している。このような義務それ自体は公法上の業法的な規定であるが、免許制度に支えられた宅地建物取引業者の重要事項の説明に対する一般購入者等の信頼はそれ自体合理的なものであり法的保護に値するものであるということができる。したがって、これら説明義務は私法上の注意義務としてその違反は被説明者に対する不法行為を構成し、注意義務違反をした者はその結果損害を被った被説明者に対してその損害を賠償する責任を負うというべきである」。

     

  • まとめ

     不動産業者の業務において、現場を確認することは基本であり、がけの存在は、現場を確認すれば容易にわかる事実です。実際上、がけに対する法令上の制限の内容や土地の利用状況が法令を満たしているかどうかは、専門家に確認をしてもらうべき事項となりますが、不動産取引の専門家として責任のある不動産業者は、がけを含む土地につい
    ては、確実に、その法令上の制限に関するチェックをしなければなりません。
     本稿で紹介した事例では、がけがあることがわかっていて、しかも2社が仲介に関与していながら、適切な説明がなされていませんでした。法令上の制限の確認は不動産業者の業務の基本であることを、改めて確認していただきたいと思います。

今回のポイント

●がけの付近の建物については、がけ崩れを想定するなどして建築する必要があり、そのために、建物の建築における制限が課されている。
●がけの付近の建物の建築制限は、土地の自然的条件が地域によって異なるため、条例によって規制内容が定められている(がけ条例)。
●東京都建築安全条例では、がけ下の土地上に木造家屋を建築する際には、がけ下からがけ高の2倍以上離して建築するか、がけと建物の間に防護壁を設置しなければならないとしている。
●土地建物ががけ条例に違反している場合には、不動産仲介業者は、土地建物の売買の仲介を行うにあたり、がけ条例に違反していることにつき説明をする義務があり、説明義務違反により買主が損害を受ける場合には、買主に対して、損害賠償義務を負う。

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