労務相談
月刊不動産2026年1月号掲載
定年後再雇用者の賃金
特定社会保険労務士 北條 準(社会保険労務士法人 大野事務所)
Q
60歳の定年を迎える社員を再雇用することになりました。1年ごとの有期雇用契約を結ぶことにしています。職務の内容は定年前と変わりませんが、賃金を引き下げるのは違法となりますか?
A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。
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定年後に賃金を引き下げること自体が直ちに違法と判断されるわけではありません。ただし、「職務の内容(業務内容および責任の程度)」、「職務の内容・配置の変更の範囲(人事異動の範囲)」、「その他の事情」を考慮し、基本給、諸手当、賞与、退職金、休暇・休職、福利厚生制度など、それぞれの労働条件(処遇)について、個別に比較検討のうえ、決定する必要があります。なお、基本給などが「定年前の60%」を下回ることは不合理とする裁判例も過去にありますが、最高裁で差し戻しとなり、結論は出ていません。
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はじめに
高年齢者雇用安定法においては、高年齢者の65歳までの安定した雇用を確保することが、企業に対して義務付けられています。また、65歳から70歳までの就業機会の確保は、企業の努力義務とされています。日本における高年齢者の就業者数は年々増加しており、高年齢者としてどのような賃金水準で働くかは、多くの方にとって重大な関心事といえるでしょう。
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パートタイム・有期雇用労働法
定年後の再雇用時に賃金水準が下がることについては、さまざまな意見があるかと思います。
パートタイム・有期雇用労働法第8条においては、短時間・有期雇用労働者と通常の労働者との間で、①職務の内容、②職務の内容・配置の変更の範囲、③その他の事情を考慮して、不合理な待遇差を設けることが禁止されています。この規定を念頭に置くと、もし定年前後で、「職務の内容」や「職務の内容・配置の変更の範囲」が変わらない場合、「正社員から有期雇用になったというだけで賃金が下がるのはおかしい」と感じる方もいらっしゃるかもしれません。
しかし、「同一労働同一賃金ガイドライン(平成30年12月28日 厚生労働省告示第430号)」では、「定年に達した後に継続雇用された者であること」は、パートタイム・有期雇用労働法第8条の「その他の事情」として考慮される事情に当たりうることを認めています。つまり、「定年後に賃金を引き下げること=違法」と単純に判断されるわけではないということです。
それでは、定年後に賃金を何割まで引き下げてよいのか? というのが会社にとって実務上知りたい部分となりますが、これは難しい問題です。 -
近年の裁判例
定年退職後に再雇用された嘱託職員が、基本給などが大きく下がったことを不合理とし、会社を訴えた事件があります(名古屋自動車学校事件 地裁 令和2年10月28日/高裁 令和4年3月25日/最高裁 令和5年7月20日)。
地裁および高裁においては、「職務の内容」、「職務の内容・配置の変更の範囲」に相違がなかったにもかかわらず基本給などが定年退職時の60%を下回る部分は、不合理と認められるという判断が示されました。この判決の示した「60%」という数字は注目を集め、他の多くの企業に影響を与えましたが、この判断について、最高裁は差し戻しを命じました。
最高裁は差し戻しを命じた理由として、①各賃金の性質および目的を十分検討していないこと、②労使交渉の具体的な経緯を勘案していないこと、を挙げています。
賃金水準の違いが不合理と認められるかどうかは、賃金の構成要素(基本給、賞与やその他の手当など)それぞれについて、その性質および目的に照らして判断されます。その際、「職務の内容」や、「職務の内容・配置の変更の範囲」、「その他の事情(定年後再雇用、職務の成果、能力、経験、労使交渉の経緯など)」が考慮されます。
このように会社独自の事情も踏まえて判断されるため、「○割を下回ると違法」とは一概に言えないことになります。 -
定年後の賃金水準と、今後の展望
参考までとなりますが、内閣府の調査では高年齢者の定年前後の賃金水準について、定年前収入の「6~7割程度」としている企業が全体の45%、「8~9割程度」が24%、「ほぼ同程度」が15%という結果となっています(図表1参照)。
内閣府の調査結果では、2019年と2024年を比較すると、定年後の賃金水準について、定年前収入の「8~9割程度」または「ほぼ同程度」とする企業の割合が合計で約15%増加しており、定年前後の賃金水準の差が縮小している傾向が読み取れます(図表2参照)。また、社会保障制度に目を向けると、高年齢雇用継続給付(60歳到達時点に比べて、賃金が75%未満に低下した60歳以上65歳未満の一定要件を満たした方等に支給)が、将来的に廃止される方針となっています。その他、在職老齢年金制度(年金を受給しながら働く高年齢者について、年金の支給を調整する仕組み)の支給停止調整額が令和8年4月より51万円から62万円に引き上げられます。
こうしたことから、世の中の傾向として、60歳定年後の賃金は今後より一層高くなっていくことが予想されます。
