賃貸相談

月刊不動産2025年11月号掲載

仲介業者の不適合箇所の発見義務

弁護士 江口正夫(江口・海谷・池田法律事務所)


Q

 当社は、A社から、同社が所有するビルの2階の201号室の媒介依頼を受け、飲食店舗を経営するX社を賃借人としてA社とX社との賃貸借契約を媒介しました。
 その後、A社の賃借部分の階下の101号室の店舗天井から漏水事故が発生したとのことで、調査した結果、A社貸室の床下躯体部分に設置されていた排水管に問題があることが判明しました。このため、X社は、漏水の調査および修繕工事のため70日間にわたり営業を停止することになりましたが、X社は、当社に対し、媒介業者として、賃貸物件の排水管の欠陥の有無は、建物の利用制限に関する事項であるから、当然、X社に告知すべき義務があるから、70日間営業を停止したことの損害を賠償せよと要求しています。このような場合、媒介業者は責任を負うべきなのでしょうか。

A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。

  •  媒介業者は、賃貸物件の全ての不具合について、常に調査説明義務を負うものではありません。床下の漏水事故についていえば、媒介業者は、媒介により賃貸借契約が成立する時点で、当該物件の漏水箇所で、すでに漏水事故が発生した履歴が存在している場合や、建物の躯体内排水管の欠陥や危険性について、建物の外観から直ちに認識し得る場合には、調査説明責任を負うことはありますが、貸借契約成立の時点で、そのような漏水事故発生の履歴がなく、建物の躯体内排水管の欠陥や危険性について、建物の外観から直ちに認識し得ない場合には、媒介業者は、欠陥を自ら調査すべき善管注意義務を負うことはありません。
     したがって、まず、①賃貸借契約成立の時点で、本件漏水箇所において漏水事故が発生した履歴があるか否か、②排水管の欠陥や危険性が外観から直ちに認識し得るものであったか否か、③その他、排水管の欠陥や危険性の存在や、その可能性を示唆する情報を得られたかを確認し、それらの事情がない場合には、媒介業者には責任がないものと考えられると思います。

  • 宅地建物取引業法に基づく宅地建物取引業者の注意義務

     宅地建物取引業者が建物の賃貸借契約の媒介を行う場合において、宅地建物取引業法は、宅地建物取引業者に対し、あらかじめ建物状況調査自体を積極的に行うべき義務を課しているわけではありません。
     このような同法の建て付けと、賃借人等の利益の保護および建物の流通の円滑化を図るとの同法の目的(同法1条)に照らすと、宅地建物取引業者は、建物の欠陥によって賃貸借の目的が実現できない可能性を示唆する情報を認識していた場合や、建物の外観から欠陥の存在を認識し得た場合等は、当然、説明義務を負いますが、そのような情報を得ておらず、かつ、当該欠陥が外観から直ちに認識し得ない場合には、宅地建物取引業者は、欠陥を自ら調査すべき善管注意義務を負うと認めることはできないと解されています。 この点は、裁判例によっても明らかにされているところです。

  • 東京地判 令2・10・1

    (1)事案の概要
     事案の概要は、平成30年1月11日、Xが貸ビルの1階部分を、媒介業者Yを介して飲食店舗として賃借し、同年4月9日、飲食店の営業を開始したところ、同日、本件貸室の階下の店舗において、天井からの水漏れ事故が発生したというものです。
     Xは漏水の調査および修繕工事のため、61日間にわたり営業停止を余儀なくされたことから、宅地建物取引業者であるYに対し、営業損害等の一部100万円の支払いを求めて訴えを提起しました。
     調査の結果、本件貸室の床下躯体部分に設置されていた排水管に、もともと問題があったことが判明したため、Xは、①Yは媒介業者として、Xが飲食店を正常に営むため、漏水等の支障となる瑕疵がないかを事前に調査すべき善管注意義務を負っていた、②また、賃貸物件の排水管の瑕疵の有無は、建物の利用制限に関する事項であって、借主の判断に重要な影響を及ぼすものであるから、Yは媒介業者として、当該事項をXに告知すべき義務があったとして、Yにその損害賠償を求めたというものです(図表)。


    (2)裁判所の判断
     裁判所は、①宅地建物取引業者が建物の賃貸借契約の媒介を行う場合において、宅地建物取引業法に基づき、建物状況調査自体を行うべき義務を有しているものではない、②このような同法の規定や、賃借人等の利益の保護と建物の流通の円滑化を図るとの同法の目的(同法1条)に照らすと、宅地建物取引業者において、建物の賃貸借契約の媒介を行うに当たり、当該建物の躯体内排水管の経年劣化によるひび割れ等の潜在的な危険といった、建物の外観から直ちに認識し得ない瑕疵を、自ら調査すべき善管注意義務を負うと認めることはできないというべきである、③また、本件賃貸借契約の当時、Yが上記瑕疵の存在やその可能性を示唆する情報を認識していたと認めるに足りる証拠もないから、Yは当該瑕疵を告知すべき義務を有していたとも認められないとして、Xの請求を棄却しています。

今回のポイント

●宅地建物取引業者は、一般的に、あらかじめ建物状況調査自体を積極的に行うべき義務を課しているわけではない。
●宅地建物取引業者は、建物の欠陥によって、賃貸借の目的が実現できない可能性を示唆する情報を認識していた場合や、建物の外観から欠陥の存在を認識し得た場合等は、調査説明義務を負うが、そのような事情がなければ、自ら物件調査を行う義務を負うものではない。

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