賃貸相談
月刊不動産2025年5月号掲載
貸主の信用状態についての仲介業者の説明義務
弁護士 江口正夫(江口・海谷・池田法律事務所)
Q
当社は、貸ビルの一室の賃貸借契約を仲介し、当社の宅地建物取引士が重要 事項説明を行いました。建物には複数の根抵当権等が設定されていたので、抵当権設定登記以後に設定された賃借権について、抵当権者の同意のもとに、賃 借権が抵当権に対抗できるものとする制度の利用を考え、一部の抵当権者から は同意書を徴求し、他の抵当権者からも同意が得られるよう交渉し、これらを説明した上で、賃貸借契約を仲介により成立させました。
ところが、3カ月後に賃貸人が破綻し、本件建物は競売開始となり、借主は建 物賃貸借を解除したのですが、当社に対し、当社が貸主の資力信用に関して適 切な説明を行わなかったとして、手付金相当額と建物内装設計費用相当額の損 害賠償を請求するといっています。仲介した宅建業者は応じる必要があるのでしょうか。
A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。
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仲介業者は、建物に抵当権等の担保権が設定されている場合には、その旨の説明義務を負いますし、貸主の資力信用に関して近々倒産処理が行われる等の具体的事実を知ったときなど、建物の根抵当権等の実行が必至であるとの事情を認識した場合は、その旨の説明義務を負います。しかし、一般的に、仲介業者が貸主と根抵当権者との間の債権債務の内容や、履行の状況等についての調査義務はないものと解されています。
したがって、仲介業者が、貸主の資力信用に関して建物の根抵当権等の実行 が必至であるとの事情を認識した場合でない限り、仲介業者は、それらの点に ついて調査義務を求められるものではなく、借主からの損害賠償請求は、困難ではないかと考えられます。 -
仲介業者の貸主の資力・信用に関する調査義務
賃貸借契約を締結した後、ほどなく貸主が倒産処理をすることになり、賃貸建物の競売が開始されたような場合、借主にとっては、本件建物の賃貸借契約を締結した意味がなくなってしまいます。借主としては、「貸主がこのような状態であれば賃貸借契約を締結しなかった。結局、貸主に預託した手付金と建物の内装設計、工事費用が無駄になった」として、仲介業者に対し、「貸主の資力・信用に関する説明が不適切であった。建物登記簿上から破綻する状況にあったことが容易に判断できた」として、手付金 相当額や、建物内装設計費用なり工事費相当額の損害賠償を求めてくるケースがあり得ます。
(1)仲介業者が責任を問われるケース
仲介業者は、仲介した建物登記に根抵当権等が設定されている場合には、その事実を説明する義務を負います。また、すでに建物に差押登記がなされている場合にも、この事実を説明する義務を負います。仲介業者が、建
物の差押登記の事実を借主に説明しなかった場合で、当該建物に入居した借主が建物の明渡しを請求されたときには、仲介業者は借主の被った損害を賠償する責任を負います。(2)仲介業者の貸主の資力・信用に関する調査説明義務
しかし、仲介業者は、貸主の資力・信用に関しては、特段の事情が認められない限り、直ちに貸主の資力・信用についての調査説明義務は負うものではないと解されています。
この点については、いくつかの裁判例がありますので一例をご紹介します。 -
貸主の資力信用に関する仲介業者の調査説明義務に関する裁判例(東京地判平成19年6月5日 ウエストロージャパン)
事案は、借主Xが、インターネットカフェを開店する目的で仲介業者Yの媒介により、宅地建物取引主任者(当時)Zの重要事項説明を受け、建物賃貸借契約を締結し、手付金1,800万円(後日敷金充当予定)を貸主に支払い、仲介手数料210万円をYに支払った。しかし、契約締結から2カ月後に貸主が経営破綻した。
本件建物については不動産競売開始が決定され、賃料債権については債権差押え命令が届いたため、借主Xが賃貸借契約を解除し、仲介業者が貸主の資力信用に関しての説明が不適切であったとして、手付金1 , 8 0 0 万円と内装設計料8 9 2 万5,000円の損害賠償を仲介業者Yと宅地建物取引士のZに対し請求したというものです(図表)。
裁判所の判決は、重要事項説明書には、建物に設定されている根抵当権等の設定登記内容の説明等、Yが知り得る限りの「Xにとって重要と思われる事実」が憶測を交えずに記載されていること、Yの知っていた事実に基づく限りは、「根抵当権等の実行が切迫していた」あるいは「必至である」ことをうかがわせる事実はないこと、Yには、貸主と根抵当権者等の交渉状況について調査説明する義務はないことを判示し、Xの損害賠償請求を否定しています。