法律相談

月刊不動産2008年3月号掲載

排除された業者の損害賠償請求

弁護士 渡辺 晋(山下・渡辺法律事務所)


Q

当社が媒介業務を行い、契約内容もおよそ固まっていた売買契約について、依頼者が無断で、業者P社と媒介契約を締結して売買を成立させ、P社に媒介報酬を支払ってしまいました。損害賠償を請求できるでしょうか。

A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。

  •  P社に対し、損害賠償を請求することが可能です。類似の事案において、不法行為責任を認めた裁判例が公表されています(横浜地裁平成18年2月1日判決、以下「横浜判決」といいます)。

     横浜判決の事案は次のとおりです。

     X社が買い側、Y社が売り側の業者です。X社が購入希望者Zに物件を紹介し、案内をしました。Zは物件を気に入って、X社に対し購入意思を伝え、申込書を提出、X社とY社との間では契約内容も詰められました。ところがX社の担当者の対応に不満のあったZは、X社を取引から排除しようと考え、Y社に対して仲介を依頼するとともに、X社に対しては、物件購入を見合わせたいと伝えました。その後、Y社だけの仲介により、売買が成立しています。

     裁判所は「Y社は、X社が依頼者と媒介契約を締結して物件の売買契約を仲介している事情を十分知り得たのに、重大な過失により、X社に事情を確認することなく、Zと媒介契約を締結して自己の媒介により物件の売買契約を成立させた結果、X社の仲介を途中で挫折させ、X社のZに対する仲介報酬請求権を侵害したというべきであり、Y社の行為は、自由競争の範囲を大幅に逸脱し、取引上の信義則に著しく反するものであって、X社に対する不法行為を構成する」と判断し、X社のY社に対する損害賠償請求を肯定しました。

     また横浜判決では、X社のZに対する報酬請求も認められています。すなわち民法130条には、「条件が成就することによって不利益を受ける当事者が、故意にその条件の成就を妨げたときは、相手方は、その条件が成就したものとみなすことができる」とされているところ、「X社の仲介活動によりまもなく売買契約が成立する状態になったにもかかわらず、X社を排除してY社の仲介により物件の売買契約を成立させたということができ、故意にX社の仲介による物件の売買契約の成立を妨げたものであるから、民法130条により媒介契約上の報酬支払義務を負うというべきである」とされました。

     報酬金額については、「Y社とZとの間で締結された媒介契約の報酬が112万7,700円(売買価格の3パーセントに6万円を加えた金額)とされていること、ZがX社に対し物件の売買契約を見合わせる旨伝えたのが平成16年1月31日であり、その翌日にX社とY社との間で詰めたのと同内容の売買契約がZと売主との間で締結されていることを考慮すると、X社の仲介行為に見合う相当な額は、Y社の媒介契約の報酬と同額の112万7,700円とするのが相当である」とされました。

     ところで宅建業法上、業者は、宅地建物の売買の媒介契約を締結したときは、遅滞なく、定められた事項を記載した書面を作成して記名押印し、依頼者にこれを交付しなければならないと定められている(業法34条の2第1項)にもかかわらず、X社は、Zとの媒介契約書面を作成、交付していませんでした。

     裁判でもこの点が問題となり、X社が媒介契約書を作成しておらず、宅建業法の規定に違反していることから、クリーンハンズの原則又は権利濫用の法理により、仲介報酬を請求することはできないと主張されましたが、判決では「不動産の媒介契約自体は口頭でも成立し得ることは明らかであり、媒介契約書の作成がないことの一事をもって、仲介報酬を請求することができないということはない」とされ、業法違反があっても、媒介報酬請求は否定されませんでした。

     もっとも、業者が業法に違反してはならないことはもちろんです。

     国土交通省の作成した「宅地建物取引業者の違反行為に対する監督処分の基準」(監督処分基準)によれば、業法34条の2第1項の規定に違反して、媒介契約の締結時に書面を交付しなかった場合には、原則として、7日間の業務停止の行政処分を受けることになります。

     業者が買い側の依頼を受ける場合における媒介契約書面の作成義務は、業法の中でも、必ずしも法令遵守の意識が高くないところです。この機会に、媒介契約書面の作成が業者の義務であることを、今一度見直していただきたいと思います。

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