法律相談

月刊不動産2014年8月号掲載

高齢者の意思能力

弁護士 渡辺 晋(山下・渡辺法律事務所)


Q

買主の依頼で売買仲介の業務を行っていますが、所有者が高齢であって、1人で日常生活を送ることもままならないくらいに判断能力が低下しています。法定後見の審判は受けていません。判断能力が低下した状態で売主として売買契約を締結すると、契約の効力が否定されるのでしょうか。

A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。

  • 1.回答

    自己の行為の法的な結果や意味を認識・判断する能力を、意思能力といいます。売買契約を締結したときに、高齢者である売主が、意思能力のない状態だったのであれば、売買契約は無効となります。

    2.意思能力の意義

    近代社会では、誰もが自由に契約を締結することができ(契約自由の法理)、自らの意思に基づいて法律関係を形づくることができます。他方で同時に、自らの意思で法律関係を形成すれば、人はその法律関係に拘束されます。

    ここで自らの意思決定への拘束は、意思が正常な状態でなされたことに根拠づけられます。そのため正常ではない状態で意思決定されていれば、その意思決定には、拘束されないということになります。

    意思決定の正常性は、自己の行為の結果・意味を判断する能力(意思能力)があったか否か、および、ほかの人から騙されたり、強制を受けたり、あるいは誤解をしていたために意思決定の自由がゆがめられていなかったか(詐欺・強迫、錯誤の有無)によって、判定されます。意思能力は、自らの意思決定への拘束を基礎づける要因です。

    意思能力は、物を買えば物の自由な使用・処分ができるようになる代わりに代金を支払う義務が生ずること、所有物を売れば代金を得られる代わりに物の自由な使用や処分ができなくなることなどを理解する能力を意味します。一般には7歳から10歳程度の理解力を意味するものとされます。

    3.意思能力を欠く状態で締結した契約の効力

    現行民法に明文はありませんが、意思能力を欠く状態で締結した契約をしても効力は認められず、無効となります。

    例えば、東京地裁平成20年12月24日判決では、高齢者(X)が所有する不動産を著しく不利な条件で売却したケースに関し、『本件売買契約はXにとって著しく不利な内容のものであり、Xがこれを締結したことは合理的判断力を有する者の行動としては理解し難いものといえること、本件売買契約当時、Xは老人性認知症に罹患しており、その理解力、判断力は相当に衰えていたものと推認できること、本件売買契約の代金が一部でもXに支払われた事実を認定できないことに加えて、Xが十分な理解、判断の下に本件売買契約を締結すべき特段の事情が認められない本件においては、Xは、本件売買契約当時、本件売買契約の内容及び効果を認識する意思能力を欠いていたと認めるのが相当である』として、その効力が否定されています。

    4.法定後見

    ところで意思能力の制度は、本人保護を目的とするものですが、意思能力については、表意者について画一的に定まるのではなく、法律行為の性質、難易等に関する考慮をも加味した上、個別の契約ごとに判断されます。

    しかし、個々の契約について、そのときどきの状況を考慮しなければ契約の効力の有無を判定できないというだけでは、本人保護のために十分ではなく、また、取引の相手方にも不測の不利益を与えかねません。

    そこで、認知症などによって物事を判断する能力が十分でない人について、裁判所が画一的な基準によって能力低下を認定し、定型的に法律行為に制限を加える審判を行う法定後見の制度(成年後見、保佐、補助)が設けられています。法定後見の審判がなされているかどうかは、登記によって知ることができます。

    5.意思能力の確認

    さて、宅建業者にとって、判断能力に疑いがある高齢者と取引をしようとするときには、登記によって法定後見を開始する審判がなされていないかどうかを確認するべきですが、それだけでは十分ではありません。法定後見の審判が開始されていなくとも、契約締結のときに意思能力を備えていなければ、契約の効力が否定されるからです。

    宅建業者は、契約成立に向けた準備の中で、高齢者の判断能力低下について、的確に対処しなければなりません。高齢者の判断能力の確認には、まず、高齢者がどのような日常生活を送っているのかについて、家族・親戚・知人から、情報収集をする必要があります。施設に入っていれば施設の関係者からの聴き取りも行うべきです。さらに、事前に本人のもとに自ら足を運んで、面談することも、不可欠でしょう。

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