法律相談

月刊不動産2015年6月号掲載

自殺に関する仲介会社の説明義務

弁護士 渡辺 晋(山下・渡辺法律事務所)


Q

当社は、買主から依頼を受けて、買主が自宅建設を目的として購入する土地(更地)について、売買の仲介を行いました。ところが、売買契約締結後、決済前になって、かつてこの土地上に建っていた建物内で、20年前に自殺があったことが判明しました。この事実を買主に説明しなければならないでしょうか。

A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。

  • 自殺の事実を買主に説明しなければなりません。仲介会社は、善良な管理者の注意をもって業務を行わなければならないからです。

    【仲介会社の説明義務】

    不動産取引の仲介契約は、準委任契約です。準委任契約では、受任者には善良なる管理者の注意(善管注意)をもって業務を行う義務があります(民法第656条、第644条)。仲介会社の負担する善管注意の内容には、依頼者に対して重要な事項を説明する義務が含まれます。

    宅建業法上求められる重要事項説明義務が、売買契約締結前に課される義務であるのに対し、善管注意の内容をなす民事的な義務は、売買契約前だけではなく、売買契約成立後であっても肯定される場合があります。松山地裁平成25年11月27日判決は、建物が取壊し済みであった事案において、20年以上前に存在した土地上の建物内の自殺に関し、『締結してしまった売買契約につき、その効力を解除等によって争うか否かの判断に重要な影響を及ぼす事実』であるとして、説明すべき事実にあたると判断しました。控訴審の高松高裁平成26年6月19日判決も、この地裁判決を維持しています。

    【裁判例】

    ●事案の概要

    ―Xは、平成20年12月1日、自宅を建築するために、Yの仲介によって、Aから、売買代金2,750万円で、土地(本件土地)を買い受け(本件売買)、平成21年1月30日に、決済がなされた。本件土地は、環境の良い閑静な居住地域に存し、駐車場として利用されていた土地である。

    ―ところで、本件土地のかつての所有者Bは、本件土地上の建物で娘や内縁の妻と暮らしていたのであるが、昭和61年1月、Bの内縁の妻が実の息子に殺害され、その遺体がバラバラにされて山中などに埋められるという事件があり、さらに、昭和63年3月23日には、Bの娘が本件建物の2階ベランダで首をくくって自殺したという事故があった。Bは、平成元年9月、本件建物を取壊した上、本件土地を売却した。以後、本件土地は、建物が建築されないまま、6回の転売が繰り返され、平成14年初めころからは、A所有となっていた。Aは、購入後、Yを管理会社として、本件土地を賃貸駐車場として利用していた。

    ―Yの担当者Jは、売買契約締結の時点では、本件土地上で過去に自殺があったとの事実を知らなかったが、決済の数日前に、同業の者と本件土地についての会話を交わす中で、本件土地がいわゆる訳あり物件であるかもしれないとの疑いを抱き、その後事実関係を確認し、決済の前には、20年以上前に本件土地上に建っていた建物(本件建物)で自殺事故があったらしいとの認識に至っていた。

    ―裁判所は、本件土地上で過去に自殺があったとの事実につき、契約締結後であっても、仲介会社が決済前にこれを知った以上は説明すべき義務があるとして、XのYに対する損害賠償請求を肯定した。

    【裁判所の判断】

    (1)20年以上前の自殺

    裁判所は、まず、昭和63年3月23日、本件土地上に建てられていた本件建物において、所有者であるBの娘が自殺した事実について、『このような自殺の事実は、一般に、当該物件の買受けに忌避感ないしは抵抗感を抱かせる事実であるとともに、客観的にも当該物件の取引価額の減価要素となり得る事実である。このことに、Xによる本件土地の取得目的が、本件土地上に一戸建てマイホームを建築し、これをXら家族自身の永続的な生活の場とすることにあったとの事情を併せ考えれば、本件土地上で過去に自殺があったとの事実は、Xが、本件土地を取得するか否か、すなわち本件売買契約を締結するか否かの判断に重要な影響を及ぼす事柄であった』として、契約の意思決定に重要な影響を及ぼす事実であることを認定しました。

    (2)売買契約締結後の説明義務

    これに続けて、『Yは、本件売買契約締結当時、本件土地上で過去に自殺があったとの事実を認識していたとは認められない。しかしながら、Yの担当者であるJは、遅くとも本件代金決済の数日前には、同業の者と本件土地について話す中で、本件土地がいわゆる訳あり物件であるかもしれないとの疑いを抱いたこと、そこで、Jにおいて確認をし、本件代金決済の前には、20年以上前に本件土地上に建っていた本件建物で自殺事故があったらしいとの認識に至ったことが認められる。そして、本件土地上で過去に自殺があったとの事実は、本件売買契約を締結するか否かの判断に重要な影響を及ぼす事実であるとともに、締結してしまった売買契約につき、その効力を解除等によって争うか否かの判断に重要な影響を及ぼす事実でもあるといえる。

    したがって、宅地建物取引業者として本件売買を仲介したYとしては、本件売買契約締結後であっても、このような重要な事実を認識するに至った以上、代金決済や引渡手続が完了してしまう前に、これを売買当事者であるXに説明すべき義務があったといえる(宅地建物取引業法第47条1項1号ニ)』と判断して、Yの責任を肯定しました。

    【ポイント】

    ● 仲介会社は善良な管理者の注意をもって業務を行わなければなりません。宅建業法上の重要事項説明義務とは別の説明義務が生ずることもあります。

    ● 売買契約締結後であっても、決済前に買主にとって重要な事実を知ったときには、仲介会社に説明義務が課されます。

    ● 土地上の建物で過去に自殺があった事実については、建物が取壊されて更地となり、更地の売買がなされた場合であっても、仲介会社が説明しなければならない事項に該当することがあります。

    ● 過去の自殺事故が重大なものであるときには、事故から20年経過しても、説明義務が肯定されることがあります。

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