法律相談

月刊不動産2016年4月号掲載

地震による建物の傾き

弁護士 渡辺 晋(山下・渡辺法律事務所)


Q

 中古戸建て住宅の売買を仲介しましたが、契約締結後、引渡し前に、地震が発生し、建物が傾いてしまいました。売買契約には、「引渡し前に,売主買主のいずれの責めにも帰すことのできない事由により,毀損したときは,売主は,物件を修復して買主に引き渡す」との特約が付されています。売主は、引渡し後にも、修復の義務を負うでしょうか。

A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。

  • Answer

     売主は、引渡し後であっても、修復の義務を負います。

  • 引渡し前の不可抗力による損傷

     民法には、特定物に関する物権の移転を双務契約の目的とした場合において、債務者の責めに帰することができない事由によって物が損傷したときは、その損傷は債権者の負担に帰する、と定められています(同法第534条第1項)。引渡し前の損傷について、債権者(買主)にリスクを負担させる立場=修復費用を債権者(買主)負担とする立場を、債権者主義といいます。売買は双務契約ですから、民法上、債権者主義が原則とされ、したがって、設問のケースも、特約がなければ、修復費用は、買主負担となります。

     しかし、売買における債権者主義は、社会常識に反します。そこで、多くの契約書においては、特約が定められ、引渡し前に損傷が発生したときには、その修復費用を、売主負担としています。設問における特約も、民法の原則を修正する特約です。

  • 引渡し前に建物が傾いた際の考え方

     東日本大震災によって、売買契約後、引渡しの前に、建物が傾いてしまったケースが、東京地裁平成25年1月16日判決です。

     

    ①事案の概要

     ⅰ 平成23年2月20日 売主Yと買主Xは、売買契約を締結。特約として、「本件物件の引渡し前に,天災地変,その他売主又は買主のいずれかの責めに帰すことのできない事由により,本件物件が毀損したときは,売主は,本件物件を修復して買主に引き渡すものとする」旨が定められていた(本件修復条項)。

     ⅱ同年3月11日の東日本大震災によって建物が傾斜した。ただし、両当事者ともに傾斜に気づかなかった。

     ⅲ同年3月24日 修復がなされないまま引渡しがなされた。

     ⅳその後、建物の傾斜が判明したために、売主Yが買主Xに修復を申し出たものの、Xは修復を拒んだ。Xは、Yに対して損害賠償を求めて、訴えを提起した。

     

    ②売主の修復義務

     まず、判決では、一般論として、『本件修復条項は,当事者に帰責事由がなく毀損が生じた場合に毀損を修復することによって売買の対価的な均衡を維持することを目的とするものと解される。このような同条項の趣旨に照らせば,本件物件の引渡し前の天災地変等により本件物件が毀損したときは,売主が修復義務を果たすことなく本件物件を引き渡した場合にも,修復義務を負うものと解される』と述べられています。この判決の考え方からすると、設問の場合についても、売主は、引渡し後も、毀損の修復を行う義務を負うことになります。

     

    ③買主が非協力的であったこと

     もっとも、この事案では、傾きが判明した後に、売主Yから修復申入れがなされたのに、買主Xが修復工事に協力しなかったという事情がありました。そのため、判決ではこの点が問題とされ、『この場合には,引渡しが済んでいるために,売主が修復義務を履行するためには,買主の協力が必要となるから,売主が修復義務を履行するために必要な協力を買主がする義務を負うことが当然想定されているものと解される。また,本件修復条項は,修復義務の内容,方法及び程度について規定していないけれども,同条項の趣旨に照らせば,毀損の具体的内容及び程度,修復に要する費用等を総合的に考慮して,修復の内容及び方法は毀損を修復するのに必要かつ相当なものに限られるというべきである』と述べられ、Xが非協力的であったことが考慮され、Xの損害賠償請求が、否定されています。

     

    ④関連の諸問題

     ─売主の善管注意義務違反 民法は、債権の目的が特定物の引渡しであるときは、債務者は、その引渡しをするまで、善良な管理者の注意(善管注意)をもって、その物を保存しなければならないと定めています(民法第400条)。したがって、民法の原則に立ち戻ったとしても、建物の引渡し前に、建物の保管について売主に善管注意義務違反があれば、毀損の修復は、売主負担です。売主の不注意によってぼやを起こしてしまったような場合は、売主は毀損部分を修理したうえで、引き渡しをしなければなりません。

     ─民法改正案

     現在国会で審議されている民法改正案では、「当事者双方の責めに帰することができない事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができる」と定められ(改正案第536条第1項)、目的物の滅失や毀損の原則が、債権者主義から債務者主義に転換しています。改正案によれば、設問のようなケースでは、特約がなくとも、修復費用は、売主負担となります。

    (図表)契約締結後、引渡し前の滅失・毀損について

  • Point

    • 契約締結後引渡し前に、不可抗力によって売買の目的物が毀損した場合には、民法上債権者主義が採られているので、そのリスク(修復費用)は、原則として、買主負担になります。
    • しかし、ほとんどの売買契約では、特約によって、毀損のリスク(修復費用)は、売主負担とされています。
    • 改正民法案では、目的物の毀損について、債権者主義の原則から債務者主義の原則に転換していますから、特約の有無を問わず、買主に責任がなければ、滅失のリスク(修復費用)は、売主負担となります。
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