賃貸相談
月刊不動産2020年8月号掲載
隣室賃借人の迷惑行為と賃貸人の責任
弁護士 江口 正夫(海谷・江口・池田法律事務所)
Q
賃貸マンションを経営しています。ある入居者から「隣室の賃借人の子(22歳)が仲間とオートバイでアパート付近を走り回り、さらには隣室で深夜に酒盛りをしたり、1階のエントランスでシンナー等を使用していたりするところを見ました。その騒音にはほとほと悩まされているうえ、時に危険も感じるので何とかしてほしい」とのクレームがありました。騒いでいるのは賃借人ではなく、その成人した子なのですが、賃貸人は、賃貸借契約上、その子の行為をやめさせる義務を負っているのでしょうか。注意しても改善されない場合はどのような方法をとることができるのでしょうか。
A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。
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回答
建物の賃貸人は、賃貸借契約に基づき、賃借人に建物を使用収益させる義務を負っていますが、この使用収益させる義務の内容は、使用収益が可能な状態で建物を賃借人に引き渡せば履行が完了するものではありません。引渡し後も建物を賃借人の使用収益に適する状態を保持し、使用収益に適さない状態になっているときは、その状況を改善し、賃借人の使用収益に適する状態に回復する義務が含まれると解されています。迷惑行為をしているのが賃借人ではなく、その子であるとしても、子は賃借人の履行補助者と解されます。その状態を賃借人が放置していることは賃借人の用法遵守義務違反と考えられますので、賃貸人は賃借人の責任を問い、状態の改善を求めることができます。賃貸人の再三の制止・警告にもかかわらず賃借人側の迷惑行為がやまず、それが受忍限度を超えるときは、賃貸人は、賃借人の用法遵守義務違反により信頼関係が破壊されていることを理由に賃貸借契約を解除することができます。
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1. 賃貸借契約において当事者が負担する義務の内容
(1)賃貸人の賃貸借契約に基づく義務
改正民法601条は、「賃貸借は、当事者の一方がある物の使用及び収益を相手方にさせることを約し、相手方がこれに対してその賃料を支払うことを約することによって、その効力を生ずる」と定めていますが、賃貸人の、目的物を賃借人に使用収益させる義務とは、建物を使用収益に適する状態において賃借人に引渡しを済ませれば、それで義務が終了するものではないと解されています。賃貸人は、目的物の引渡し後も、賃料を収受する以上は、目的物を使用収益に適する状態に維持する義務を負うということで、それゆえに、賃貸人は賃貸目的物に対する修繕義務が課されているのです(改正民法606条)。(2)賃借人の賃貸借契約に基づく義務
賃借人は、賃料支払義務を負うことは当然ですが、同時に、目的物を用法に従って使用収益する義務を負うと解されています。したがって、共同住宅においては、各入居者が住居としての使用が果たせるように、静謐を保ち、住環境を破壊することのないよう使用収益する用法遵守義務を賃借人は負っているのです。 -
2. 賃借人の他の入居者に対する迷惑行為
このように見れば、賃借人は、ただ賃料さえ支払えばよいわけではなく、用法に従って賃借物を使用収益する必要があるわけですから、オートバイでマンション付近を走り回り、さらには隣室で深夜に酒盛りをして騒いだり、1階のエントランスでシンナー等を使用したりする行為は、住民の生活を乱すものであり、また住環境を著しく破壊する行為であるということになります。ご質問のケースでは、迷惑行為を行っているのは賃借人本人ではなく、成人した賃借人の子であるということのようですが、親と子は別人格ではありますが、賃貸共同住宅において、賃借人の子が近隣住民に迷惑行為を行っている場合、子は賃借人の履行補助者と考えられ、賃借人はそれを制止すべきであると考えられます。同時に、賃貸人は、目的物を使用収益に適する状態に保持する義務がありますから、賃借人に対して、迷惑行為をやめさせる法的義務を負っていると考えられます。したがって、賃貸人は、賃借人に対し、迷惑行為を停止させるよう通知し、再三の通知にもかかわらず、賃借人が迷惑行為を停止しない場合で、その迷惑の程度等から、それが信頼関係を破壊するに足りる場合には、賃貸人は、賃貸借契約を解除することができ、また、そうすべき義務を他の賃借人に対し負担しているものと考えられます。