賃貸相談

月刊不動産2009年7月号掲載

造作買取代金の支払と明渡し拒否

弁護士 江口 正夫(海谷・江口法律事務所)


Q

貸家契約終了の際に、賃借人から貸室に設置した造作の買取代金を支払ってくれない限り明渡しを拒否するといってきましたが、買い取る必要があるのでしょうか。また、それまで明渡しは受けられないのですか。

A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。

  • 1.賃借人の建物造作買取請求権

     建物の賃借人は、賃貸借契約が終了する時に、建物の賃貸人に対し、建物に付加した造作を時価で買い取ることを請求することができます。これを建物賃借人の造作買取請求権といいます。

    (1) 造作とは何か?

     造作とは、最高裁の判例では、建物に付加された物件で、賃借人の所有に属し、かつ、建物の使用に客観的に便益を与えるものをいい、賃借人がその建物を特殊な目的に使用するために特に付加した設備は含まないものとされています。

     建物に付加されたものであることが必要ですから、建物内に設置されていても、家具や什器備品類は造作には該当しません。

     また賃借人に所有権があるものでなければ造作には該当しませんので、仮に賃借人が床板や天井部分を設置したとしても、それらは建物の構成部分となり、建物所有者の所有物となりますので、これらも造作とはなりません。

     造作に該当するものとしては、畳や建具、雨戸、電気・ガス・水道等の引込み部分、流し台の増設部分などが挙げられます。

    (2) 買取請求権の対象となる造作とは何か?

     賃借人は建物に付加したすべての造作の買取りを請求できるわけではありません。借地借家法は、買取請求権の対象となるのは、賃借人が賃貸人の同意を得て建物に付加した造作であると定めています。

     したがって、賃貸人が設置に同意していない造作については原則として買取り義務はありません。ただし、電気やガス設備等の建物の客観的な利用価値を増加させることが明らかなものについては、同意を拒否することは認められないと解されています。

    (3) 債務不履行解除の場合の造作買取り請求の可否

     借地借家法上は、造作買取請求権が認められる場合の建物賃貸借の終了事由には何ら制限が付されていませんが、判例では、賃料の滞納など、賃借人の契約違反により賃貸借契約が解除された場合には造作買取請求権は認められないものとされています。したがって、契約の終了事由が、賃借人の契約違反を原因とする場合には、造作買取請求権は認められません。

    2.造作買取請求権の行使と建物明渡し義務

     賃借人が造作買取請求権を行使すると、賃貸人と賃借人との間に当該造作の売買契約が成立したのと同様の法律関係が発生します。つまり、賃借人は造作の引渡し義務を負うのと同時に賃貸人に対する造作買取代金債権を取得し、賃貸人から造作買取代金の支払を受けるまで、造作の引渡しを拒否することができます。

     他方、賃貸人は造作の引渡しを受けるまで代金の支払を拒否することができます。問題は、賃借人は造作買取代金の支払を受けるまでは造作の引渡しを拒否することはできるのですが、このことから、直ちに建物の明渡しまで拒否することができるといえるかということです。造作は建物に付加されることにより価値を認められるものですから、造作の引渡しは拒否できるが、建物の明渡しはできないとすると、賃借人は賃貸人から造作代金の支払を受けない間は造作を建物から取り外して建物外に持ち出して、代金の支払を受けるまで保管するしかなくなってしまいます。

     学説では、造作を建物から取り外すことは、造作も建物も共に価値を減少させることになり、造作買取請求権を認めた意義を失わせることになるとの理由から、賃借人が造作買取代金を受け取るまでは造作だけではなく、造作が設置された建物も明渡しを拒否することができるとする説がほとんどですが、最高裁の判例では、造作代金債権は造作に関して生じた債権で建物に関して生じた債権ではないから、賃借人は造作代金の支払がないことを理由として建物の明渡しを拒むことはできないものとされています。

     したがって、判例の見解では、賃借人が造作買取り請求をしても、賃貸人は建物の明渡しは請求できることになります。

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