賃貸相談
月刊不動産2014年12月号掲載
通行中の自動車によるガラスの損傷と修繕義務
弁護士 江口 正夫(海谷・江口法律事務所)
Q
貸店舗の前面道路を通行した自動車が小石を跳ね散らし、貸店舗の道路に面して設置されていたガラス窓を破損してしまいました。誰が修繕義務を負うことになるのでしょうか。
A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。
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1.破損の原因と修繕義務の負担者
建物賃貸借契約においては、どのような原因によって要修繕箇所が発生したかにより、修繕費を誰が負担すべきか、ということが変わってきます。
賃貸建物に損傷が生じ、修繕が必要になる場合を整理すると、以下のように区分できます。
1つ目は、地震や台風、大雨による土砂災害などのように不可抗力によって賃貸建物に損傷が生じた場合、
2つ目は、賃借人の責に帰すべき事由によって賃貸建物に損傷が生じた場合、
3つ目は、賃貸人でも賃借人でもなく、第三者の行為によって賃貸建物に損傷が生じた場合、
以上の3つです。
2.不可抗力による損傷の修繕義務
1番目の不可抗力により賃貸建物に損傷が生じた場合は、賃貸人も、賃借人も損傷の発生について責任があるわけではありません。いずれの当事者にも責任が認められないという場合、それでは誰も修繕しなくてもよいのかといえば、誰かが修繕しなければなりません。民法606条1項は、賃貸目的物が修繕を要する状態になったときは、賃貸人が修繕義務を負うものと定めています。この規定は、賃貸人は、賃貸建物を賃借人に使用収益させることの対価として賃料を受領する以上、賃貸建物を使用収益に適する状態にして賃借人の利用に供する義務があるとする考え方に基づいています。
したがって、地震や台風、大雨による土砂災害などのように不可抗力によって賃貸建物に損傷が生じた場合には、賃料を収受する以上は、賃貸人は何らの責に帰すべき事由がないとしても修繕義務を負うと解されます。3.賃借人の過失により損傷が生じた場合
2番目の賃借人の過失等により賃貸建物に損傷が生じた場合に誰が修繕義務を負うかについては学説上争いがあります。賃借人の過失等により賃貸建物に損傷が生じた以上、賃貸人が修繕義務を負うものではなく、賃借人がこれを修繕すべきとする考え方と、誰が損傷させたかに関わりなく、賃料を収受して賃貸建物を賃借人に使用収益させる以上、要修繕箇所が生じたときは賃貸人に修繕義務があり、賃貸人は建物を損傷させた賃借人に対しては損害賠償請求できるという考え方とがあります。賃借人側の過失等によって賃貸建物に損傷が生じた場合には、信義則に照らしても、賃借人が責任をとるべきであって、賃貸人には修繕義務は認められないという見解が実務においては有力なようです。
4.第三者の過失により損傷が生じた場合
3番目の、賃貸人でも賃借人でもなく、第三者の行為によって賃貸建物に損傷が生じた場合ですが、当然ながら、道路に面して設置されていた賃貸建物のガラス窓に損傷を与えた自動車運転者に故意または過失が認められる場合には、自動車運転者の不法行為として当該自動車の運転者にガラス窓を破損させた損害の賠償を請求することができます。この場合には、賃貸人が自己の所有である賃貸建物を破損されたことを理由に自動車運転者に損害賠償を請求し、その損害賠償金で賃貸建物を修繕すれば、損害の回復が可能です。
しかし、当該道路の状況等によっては、自動車の運転者には過失が認められない場合がありますし、自動車運転者に明らかに過失が認められる場合であっても、加害者である自動車運転者の行方が分からず、結果として自動車運転者に対する損害賠償請求ができないという場面もあり得ます。この場合には、加害者の所在が不明だからといって、ガラス窓の修繕を誰も行わないでもよいということにはなりません。
ガラス窓の損傷に責任があるのは自動車運転者ですが、賃貸借の理論からすれば、賃借人が、賃貸建物を使用収益する対価として賃料を賃貸人に支払っている以上、賃貸人は、賃借人に対する関係では、先に述べたとおり、賃貸人は、地震や台風、大雨による土砂災害などのように不可抗力によって賃貸建物に損傷が生じた場合などのように、賃貸人には何ら過失等が認められない賃貸建物の損傷の場合にも、賃料を収受している以上、賃貸建物の修繕義務を負っています。
したがって、第三者に責任がある賃貸建物の損傷の場合も、賃貸人と賃借人という二者の関係では、民法606条1項により、賃貸人が修繕義務を負うということになることに注意する必要があります。