賃貸相談
月刊不動産2010年12月号掲載
賃料の改定と「当事者の協議」条項
弁護士 江口 正夫(海谷・江口法律事務所)
Q
賃貸借契約書には、賃料の改定は「当事者協議のうえ行う」と書かれているのに、借家人から協議もなく突然に賃料減額請求がなされました。このような請求は契約違反として無効になるのではないのですか。
A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。
-
1.借地借家法に規定する賃料増減額請求権
建物賃貸借契約を締結する場合には、少なくとも賃貸借期間と賃料額が合意されています。民法の契約理論からすると、契約は守らなければなりませんから、合意した賃貸借期間においては、合意した賃料額を支払うべきだということになるはずです。
しかし、借地借家法32条は、建物賃料の増減額請求権を定め、「土地若しくは建物に対する租税その他の負担の増減により、土地若しくは建物の価格の上昇若しくは低下その他の経済事情の変動により、又は近傍同種の建物の借賃に比較して不相当となったとき」には当事者は契約期間中であっても賃料の増減額請求権を行使することができるものとしています。
賃料増減額請求権は、賃貸借契約の当事者の一方的な意思表示により法的効果が発生するものと解されています。つまり、意思表示により法律関係を形成する効果を有する、いわゆる「形成権」であるとされているのです。したがって、形成権である以上は、賃料増減額請求権は、本来的には、相手方と協議をしたり、協議の成立を条件とするものではありません。
2.「当事者協議のうえ」とする条項の効果
賃貸借契約書において、上記の性格を有する借地借家法上の賃料増減額請求権について「当事者協議の上で賃料を改定することができる。」「双方協議して賃料を改定することができる。」等と規定し、賃料増減額請求権の行使は当事者の協議により行うものとする契約条項が少なくありません。
このように、賃貸借契約書において、賃料増減額請求権の行使については当事者の協議による旨を合意した場合にはどのような法的効果が認められるのでしょうか。
(1)下級審裁判所の判断
この条項の効果については、賃料の増減額請求手続に関する特約として、協議を尽くさず、あるいは協議を行わずに賃料増減額請求権を行使した場合の効果については、下級審裁判所(簡裁・地裁・高裁)では賃料増減額請求の効果を否定するものが少なくありませんでした。
すなわち、①かかる特約は当事者間で協議を尽くしても合意に至らない場合には増減額請求権を行使できる趣旨ではあるが、協議を尽くしていない場合には増減額請求の効力は否定されるとするもの、②協議を経ることなく増減額請求権を行使した場合には信義則に反するものとして増減額請求を認めないとするもの、③相手方の意見を求めること、ないしはその機会を与えなければならないとする趣旨であるとするもの等々がありました。
(2)最高裁判所の判断
最高裁判決では、旧借地法12条に関する事案ではありましたが、「当事者協議のうえ」との文言を付した賃料増減額請求権に関する契約条項につき、「当事者間に協議が成立しない限り賃料の増減を許さないとする趣旨のものではないと解するのが相当である。」との判断を示しました。それでは「当事者協議のうえ行う」との契約条項の意味は何かについては、最高裁は、「賃料増減額の意思表示があらかじめ協議を経ることなく行われても、なお事後の協議によって右の目的を達することができるのであるから、本件約定によっても、右の意思表示の前に必ず協議を経なければならないとまでいうことはできない。」と判示しています。つまり、賃料増減額請求権の行使は当事者の協議を経ていなくても、権利行使後に当事者間で協議をすれば足りるのだから、増減請求それ自体の効力を否定すべきではないというのが最高裁の判断です。
最高裁の判断は、旧借地法の定める地代増減額請求権の規定が強行規定(当事者がこの規定と異なる内容の特約を設けても無効となる法律の規定)であることを前提としています。現行の借地借家法11条の地代等増減額請求権や同法32条の建物賃料の増減額請求権も同じく強行規定と解されています。
現在では、「当事者協議のうえ」と規定しても、協議を経ることなく増減額請求権を行使することは可能と解されています。しかし、賃貸借契約書において、賃料の増減額請求については当事者の協議による旨の規定を置くことにより、なるべく協議によって解決しようとする紳士協定としてのルールを設けること自体は無意味ではないものと思われます。