賃貸相談
月刊不動産2006年6月号掲載
賃借人による看板等の設置の可否
弁護士 江口 正夫(海谷・江口法律事務所)
Q
店舗用に建物を賃貸しています。賃借人から建物の外部に店舗の看板を設置させてほしいと要求されています。店舗として建物を貸した場合、看板の設置を認める必要があるのでしょうか。
A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。
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1. 賃借人による建物への看板設置
店舗として建物を賃借した場合、営業活動の必要からは、建物の外部に看板を設置して、店舗の存在を周知させることが必要になってきます。
賃貸人から店舗の存在を外部に周知させる方法を一切封じられてしまうと、店舗としては営業上も極めて厳しい状況に追い込まれることになります。
だからといって当然に賃借人が建物の外部に看板を設置する権利が認められているかといえば、この点は否定されます。なぜなら、建物はあくまで賃貸人の所有物であり、賃借人といえども勝手に他人の所有物に手を加えることは認められていないからです。
特に、建物の外部は、いわば建物の顔ともいうべき部分であり、看板の設置は、その建物の顔ともいうべき建物の外観に重大な影響を与えるものです。建物のオーナーとしては、建物の外観には最大限の気を使い、建物の美観や統一性には細心の注意を払っているはずです。賃借人が勝手に建物の外部に看板を設置するとなると建物の美観を損ねたり、建物のイメージを低下させるということにもなりかねません。目立たせようとするあまりに電球の自動点滅装置付きの電飾看板等を設置された場合には、ビルの用途によっては致命的になることもあり得ます。
したがって、賃借人は、当然には建物の外部に看板を設置することまでの権利は認められていないというべきです。
2. 賃借人の建物外部への無断での看板設置への対応
仮に、賃借人が賃貸人に無断で、建物の外部に勝手に看板を設置してしまったという場合は、直ちに、賃借人に対し、配達証明付内容証明郵便で相当期間内に看板を撤去するよう請求をすることが必要です。内容証明郵便には、看板の設置が建物の美観を損ねることや建物としての全体的な統一性を欠くこと等、賃借人による看板の設置が不都合な理由を具体的に記載しておくほうが望ましいと思います。
それにもかかわらず、相当期間内に看板の撤去が行われない場合には賃貸借契約を解除することになります。実際にも、賃借人が賃貸人に無断で電球の自動点滅装置付の看板を設置し、賃貸人からの撤去要求に応じなかったケースで、賃借人の背信行為であることを理由に賃貸借契約の解除を認めた裁判例もあります。
3. 賃借人の看板設置要求への対処
以上に述べたとおり、賃借人は、当然には建物外部に看板を設置することまでは認められないのですが、他方で、店舗として建物を賃借した以上、店舗の存在を外部に知らせる表示が可能でなければ店舗営業が成り立たず死活問題となることもあり得ます。
賃貸人は、賃借人に対し、建物の使用及び収益をさせる義務を負うものとされています。店舗として賃貸した以上は、店舗としての使用を全うさせるべく配慮する必要はあると考えられます。
また、建物の賃借人は建物を利用するために必要な限度で、建物の敷地について「その敷地の通常の方法による使用」が認められると解されています。賃借人が建物の外部に看板を設置するのではなく、ビルの入口部分に立て看板を設置することが店舗営業を営む賃借人の「敷地の通常の方法による使用」に当たるかどうかにより決せられる問題となってきます。もちろん、店舗営業の見地からは「敷地の通常の方法による使用」に当たると考えられる場合であっても、そのビルのグレードや入居テナントの状況によっては、ビルの入口に立て看板を設置すること自体が好ましくないと考えられる場合もあり得ます。その場合には賃貸借契約においてビルの入口に立て看板を設置することを禁止する旨を合意している場合には賃借人は勝手に立て看板を設置することもできなくなります。
したがって、店舗営業用に建物を賃貸する場合にはあらかじめ賃貸借契約書に、賃借人が看板、広告その他の営業のための表示を行うことができるか否か、できるとした場合にはその手続を明記しておくことが必要です。具体的には、賃貸人の署名による承諾がない限り、賃借人は賃貸建物及び敷地内において看板、広告その他の営業のための表示を行うことはできないことを定めておくことになります。