賃貸相談

月刊不動産2010年5月号掲載

賃借人との間の即決和解

弁護士 江口 正夫(海谷・江口法律事務所)


Q

滞納を繰り返した賃借人と契約を解除し、6か月後に明渡しをすることを合意したいと思っています。公正証書にしておけば6か月後には確実に明け渡してもらうことができるのでしょうか。

A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。

  • 1.公正証書による合意の効力

     賃貸借契約は、通常は市販の賃貸借契約書等を用いて、賃貸人と賃借人とが署名捺印して締結するのが一般的ですし、賃貸借契約の解除に関する合意なども通常の覚書等に双方が署名捺印するのが一般的です。

     これに対し、当事者が賃貸借契約を公正証書によって行ったり、契約解除の合意を公正証書で行うという場合があります。公正証書により契約を締結する場合の手続は、賃貸人と賃借人が公証人役場に出頭し、公証人が賃貸人と賃借人の双方から賃貸借契約あるいは解除の合意の内容を聞き取り、聞き取った内容が間違いないものであることを双方から確認のうえ、建物賃貸借契約や合意解除契約の公正証書を作成するというものです。

     実務上、公正証書により契約することの利点は、相手方が契約に違反したときにその履行を求めて公正証書に基づき強制執行をすることができるという点であるとされています。

     このことから、建物賃貸借契約あるいは合意解除契約を公正証書で行った場合には、家賃の取立てから明渡しについてまで公正証書により強制執行ができるものと誤解されることが少なくありません。

     確かに、公正証書には一定の執行力が認められているのですが、公正証書の執行力には限定があることを忘れてはなりません。

    2.公正証書の執行力

     公正証書により強制執行することができる旨を定めているのは民事執行法という法律です。民事執行法22条は、強制執行は何に基づいて行うことができるかを定めているのですが、同条5号は、公正証書については、「金銭の一定の額の支払い又はその代替物若しくは有価証券の一定の数量の給付を目的とする請求について、公証人が作成した公正証書で、債務者が直ちに強制執行に服する旨の陳述が記載されているもの(以下「執行証書」という)」についてのみ強制執行ができると定めています。

     要するに、公正証書は、①金銭債権又は代替物給付請求権について、②債務者が直ちに強制執行に服する旨の陳述(「強制執行受諾文言」といいます)が記載されているものだけが強制執行できるのです。

     建物賃貸借契約に基づく賃料支払請求権は金銭債権ですから、賃借人が賃料を未払にした場合には、その未払賃料については、賃貸借契約を強制執行受諾文言付き公正証書で締結している場合には、強制執行により回収を図ることができるわけです。

     しかし、賃料を滞納したことにより賃貸借契約が解除された場合の賃貸人の賃借人に対する建物明渡請求権は、金銭債権でも代替物給付請求権でもありませんので、建物の明渡しの場合は、たとえ公正証書で賃貸借契約を締結していたとしても強制執行を行うことはできないのです。

     この場合、賃貸人が賃借人に対して、建物明渡しを求める訴えを提起して建物明渡しを命ずる判決を取得し、その判決が確定すれば、強制執行は可能ですが、時間も費用もかかります。このような場合に、即決和解という制度を利用して強制執行を可能にする方法があります。

    3.即決和解手続

     即決和解手続は、民事訴訟法275条に定める「起訴前の和解」という手続のことです。この手続は、①民事上の争いがある場合に、②相手方の住所地を管轄する簡易裁判所に、③和解の申立てをするというものです。和解の申立ては、請求の趣旨や原因と争いの実情を表示して行います。申立ては口頭でも可能ですが、ほとんどの場合、書面によって申立てが行われています。

     申立てがあると、簡易裁判所は和解期日を定めて当事者双方を呼び出し、和解期日に当事者双方が出頭して和解の内容について合意すれば、その内容が和解調書に記載されます。和解調書に記載された内容は確定判決と同一の効力を有するものですので、金銭債権に限らず、建物の明渡しや所有権移転登記などについても強制執行が可能になります。賃貸借における金銭以外の争いについては、即決和解によりその実現を確実なものとすることが可能です。

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