法律相談
月刊不動産2007年6月号掲載
眺望の説明義務
弁護士 渡辺 晋(山下・渡辺法律事務所)
Q
何の障害物も隔てずに海が見えると説明を受けて、完成前にマンションの一室を購入しましたが、完成してみると、目の前の電柱と送電線があり、海への眺望が遮られていました。売買契約を解除することができるでしょうか。
A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。
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売買契約の解除をすることが可能です。売主には完成後のマンション前の電柱と送電線の存在についての説明義務があり、その説明を怠ったことは、売主の債務不履行にあたるからです。
さて「全室オーシャンビューのリビングが自慢です」という宣伝文句によって販売活動がなされ、パンフレットの完成予想図にも、海側に電柱その他何らの障害物も記載されていなかったマンションの売買(売買対象は、3階301号室)に関し、実際に完成したマンションの301号室では、ベランダの前数メートルのところに電柱が立ち、3本の送電線が水平に走っていたというケースにおいて、買主Xが契約を解除し、売主Yに対し、手付金返還と慰謝料を請求した事件がありました(福岡地裁平成18年2月2日判決)。Yの販売員Zは、電柱や送電線の位置関係を認識しておらず、Xから障害物がない5階501号室の部屋との眺望の違いを質問され、301号室と501号室の眺望に違いはないと説明していました。
裁判所は、まず一般論として、「建築前にマンションを販売する場合においては、購入希望者は現物を見ることができないのであるから、売主は、購入希望者に対し、販売物件に関する重要な事項について可能な限り正確な情報を提供して説明する義務があり、とりわけ居室からの眺望をセールスポイントとしているマンションにおいては、眺望に関係する情報は重要な事項ということができるから、可能な限り正確な情報を提供して説明する義務があるというべきである。そしてこの説明義務が履行されなかった場合に、説明義務が履行されていれば買主において契約を締結しなかったであろうと認められるときには、買主は売主の説明義務違反(債務不履行)を理由に売買契約を解除することができる」と述べました。
続けて「Yは、本件マンションの販売の際、海側の眺望をセールスポイントとして販売活動をしており、Xもこの点が気に入って5階との眺望の差異がないことを確認して301号室の購入を検討していたのであるから、Yは、Xに対し、眺望に関し、可能な限り正確な情報を提供すべき義務があったというべきである。そして301号室にとって、電柱及び送電線による眺望の阻害は小さくないのであるから、Yは、本件電柱及び送電線が301号室の眺望に影響を与えることを具体的に説明すべき義務があったというべきであり、Yがこの説明義務を怠ったのはYの債務不履行にあたる。そしてYが説明義務を履行していれば、Xは 501号室を購入して301号室を購入しなかったことが認められるから、Xは本件売買契約を解除することができる」として、Xから、Yに対する、契約解除を認め、手付金の返還を認めました。
他方で精神的損害の補填を意味する慰謝料請求に関しては、「売買契約締結の経緯及び解除に至る経緯等の諸事情を考慮しても、債務不履行による財産的損害の賠償を超えて、慰謝料請求権の発生を肯認しうる違法行為と評価すべき特段の事情を認めることはできない」として、否定しています。
なお訴訟において、Xは、消費者契約法による取消しも主張していましたが、「消費者契約法4条1項1号は、事業者が、重要事項について『事実と異なること』を告げたことにより、消費者が告げられた内容が事実であると誤認して契約の申込みをしたときは、これを取り消すことができると規定している。ここにいう『事実と異なること』とは、主観的な評価を含まない客観的な事実と異なることをいうと解すべきところ、301号室と501号室の眺望が同一かどうかということは、主観的な評価を含むものであるから、これは上記『事実』に該当しないというべきである。また同条2項は、事業者が、重要事項について、不利益事実を故意に告げなかったことにより、消費者が当該事実が存在しないと認識して契約の申込みをしたときは、これを取り消すことができると規定している。ここでは『故意』が要求されているところ、本件においては、Zは電柱の存在を知らなかったのであるから、その事実を『故意』に告げなかったということはできない」として、消費者契約法による取消しは、認められませんでした。