法律相談
月刊不動産2024年7月号掲載
相続人申告登記
弁護士 渡辺 晋(山下・渡辺法律事務所)
Q
母が死亡して遺産分割協議※が成立し、母の土地を私が相続しました。相続人であることを申し出て登記をすれば、相続登記の義務を果たしたことになる制度があるとききましたが、私はこの制度を利用することができるのでしょうか。
※共同相続人全員で遺産の分割について協議し、合意すること。
A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。
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確かに、相続人申告登記の申出をすれば、相続登記を申請する義務を履行したものとみなす制度があります。しかし、遺産分割によって土地を取得した場合には、この制度は利用できません。お母様の土地を遺産分割によって取得した以上は、相続人申告登記ではなく、相続登記を申請しなければなりません。
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相続登記の義務化
所有者が亡くなったのに相続登記がされないために、登記簿を見ても所有者がわからない「所有者不明土地」が全国で増加し、周辺の環境悪化や民間取引・公共事業に阻害が生じるなど、社会問題となっています。この問題を解決するため、2021(令和3)年に不動産登記法が改正されました。相続登記については、これまでは申請が強制されることはなく、任意に行えばよいという取扱いでしたが、改正によって、相続登記の申請が義務化されました(2021年7月号p10.11 所有者不明土地の解消に向け、相続登記の義務化が決定!参照)。
所有権の登記名義人について相続の開始があったとき、相続により所有権を取得した者は、自己のために相続の開始があったことを知り、かつ所有権を取得したことを知った日から3年以内に、所有権の移転の登記を申請しなければなりません(不動産登記法76条の2第1項前段)。遺産分割で不動産を取得した場合でも、遺産分割から3年以内に、遺産分割の内容に応じた登記をする義務があります(図
表1)。図表1:相続登記の申請義務化に伴う対応
出所:法務省「相続登記の申請義務化の施行に向けたマスタープラン」
相続登記の義務化は、2024(令和6)年4月1日にスタートしています。同日以降に相続した不動産だけではなく、同日より前に相続した不動産も、相続登記がされていないものは義務化の対象です。
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過料の制裁
相続により所有権を取得した者が、自己のために相続の開始があったことを知り、かつ、所有権を取得したことを知った日から3年以内に、所有権の移転の登記を申請しない場合には、過料という制裁が課されます。遺産分割によって不動産を取得した場合において、遺産分割の日から3年以内に、その結果に基づく登記をしない場合も同様です(同法164条)。
過料の金額は、登記官から通知を受けた裁判所が要件に該当するか否かを判断し、過料を科する旨の裁判が行われ、10万円以下の範囲内で決められます。 -
相続人申告登記
ところで、相続登記の申請は相続人の手続きの負担が小さくありません。費用もかかります。そのため、相続人の負担軽減を目的として、相続登記の義務化と同時に、相続人が申請義務を簡易に履行できるようにするために、相続人申告登記の申出制度が創設されました。所有権の登記名義人について相続が開始した旨と、自らが相続人である旨を、相続登記の申請義務の履行期間内に登記官に申し出ることで、相続登記の申請義務を履行したものとみなされます(同法76条の3第1項・第2項)。
相続人申告登記の申出は、相続登記の手続きと比べて簡略化されています。たとえば、必要な戸籍関係書類については、申出をする者が登記簿上の所有者(被相続人)の相続人であることを確認することができる範囲で足り、相続登記の手続きとは異なり、被相続人の出生から死亡に至るまでの戸籍関係書類までは要しません(法務省のWebサイト「相続人申告登記について」に申出方法の説明があります)。
もっとも、遺産分割がされた後に相続登記の申請をする義務を、相続人申告登記によって履行することはできません(同法76条の3第2項かっこ書き)。ご質問のケースでは、相続人申告登記の申請ではなく、相続登記の申請が必要になります(図表2)。図表2:相続人申告登記と相続登記
また、相続人申告登記は不動産についての権利関係を公示するものではなく、不動産登記としての対抗力を有するものでもありません。相続した不動産を売却したり、抵当権の設定をしたりするような場合には、相続登記が必要になります。
さらに、相続人申告登記は、申出をした相続人についてのみ、相続登記の義務を履行したものとみなされる制度です。相続人の全員が義務を履行したとみなされるには、相続人全員がそれぞれ申出をする必要があります。
このように相続人申告登記の申出による相続人申告登記は、相続登記と比較すると、効果が限定的であり、相続登記の義務の履行期限が迫っている場合などにおいて、その義務を果たすために利用することが想定されます。