賃貸相談

月刊不動産2013年6月号掲載

生活困難を理由とする賃料増額の拒絶

弁護士 江口 正夫(海谷・江口法律事務所)


Q

賃料の値上げを請求したところ、借主から、生活ができなくなるので値上げには応じられないと拒絶されました。生活できなくなるということは賃料増額の拒絶事由となるのでしょうか。

A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。

  • 1.賃料増額を可能とする法定原因

    どのような場合に賃料の増額が請求できるかについては、借地借家法32条1項が定めています。

    すなわち、借地借家法は、「建物の借賃が、土地若しくは建物に対する租税その他の負担の増減により、土地若しくは建物の価格の上昇若しくは低下その他の経済事情の変動により、又は近傍同種の建物の借賃に比較して不相当となったときは、契約の条件にかかわらず、当事者は、将来に向かって建物の借賃の増減を請求することができる。」と定めています。これらの事情が認められる場合には、当事者は賃料の増減を請求することが認められているのです。

    したがって、土地や建物の固定資産税等が増加したり、土地や建物の価格が上昇したり、その他の経済事情の変動等によって現行の賃料額が近傍同種の建物の家賃に比べて安価となり、不相当となったと認められれば、賃料の増額を請求することが可能です。

    2. 賃料の増額請求による借主の生活上の困難

    このような賃料の増額請求に対して、借主の側から賃料が増額されると生活が成り立たなくなるので応じることが困難であると反論されることがあります。

    確かに借主にとって、生活が成り立たなくなるということは重大な問題です。賃貸借契約という比較的長期間の継続的な契約関係にあって、両当事者が互いに相手方の事情を配慮することが望ましいことはいうまでもありません。

    しかし、他方において、貸主側も、賃貸収入によって賃貸建物建築時のローンを返済し、投下資本を回収して、その生計を維持していますので、適正妥当な賃料の範囲内であれば問題はありませんが、公租公課の増加や不動産価格の上昇等の経済事情の変動によって現行の賃料が不相当となっているにもかかわらず、不相当な賃料を甘受せよと要求することが貸主にとって酷なことであることも明らかです。

    客観的に見て、現行の賃料額が近隣相場に比較しても不相当となっているにもかかわらず、借主側の生活が困難であることを理由に賃料額の是正を行うことができないとすれば、それは結局のところ、借主側の生活を維持するために必要な費用を、貸主側に転嫁して借主の生活の維持を図ることを意味します。しかし、人の生活を維持するという問題は、国の社会政策の問題であって、これを貸主に負担させるということはあってはならないことです。

    3. 借地借家法の定める賃料増減額請求権の法的性質

    借地借家法は、民間人同士である貸主と借主との間の賃料については、賃貸借契約締結当初の賃料額の決定については当事者間の自由な合意による契約自由の原則に委ね、その後の賃料改定は借地借家法32 条1項の定める原因がある場合に、強行規定として賃料の増減額請求権を認めているものです。

    したがって、借地借家法32 条に定める原因がある場合には賃料の増減額請求の意思表示がなされることにより当然に賃料の増減の法的効果が発生するものと解されています。

    判例では、旧借家法についてではありますが、最高裁は、借家法7条に基づく賃料増減額請求は形成的効力を有し、請求者の一方的意思表示が相手方に到達した時に同条所定の理由が存するときは、家賃は以後相当額に増減されたことになるとしています(最判昭和36年2月24日) 。つまり、①土地や建物の固定資産税等の増加、②土地や建物の価格の上昇、③経済事情の変動等により、または近傍同種の建物の家賃に比べて不相当となったとの事情が認められれば、賃料増減額請求の意思表示を行い、その意思表示が到達すれば増減の効果は当然に発生するとの仕組みになっています。

    要するにポイントは現行賃料額が不相当になったといえるか否かということです。最高裁は、現行家賃が不相当となった場合には、それが定められた時から一定の期間が経過していなくとも、家賃増額請求は否定されない ( 最判平成3年11月29日) と判示しており、「現行家賃が不相当となった場合」であるか否かが大きな要素となることを示しています。

    上記の借地借家法の定める賃料増減額請求権の法的性質に照らせば、賃料の増額請求に対して、借主側から生活上の困難を訴えられた場合に、実際上の解決としては、まずは妥当な額を話し合い、当事者双方が成り立ち得る解決を模索することが最も重要です。借地借家法32 条により算定される適正な賃料額への改定は、生活の困難等を理由に当然に妨げられると解釈されるものではありません。

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