法律相談
月刊不動産2014年7月号掲載
犬のかみつき事故による損害賠償請求
弁護士 渡辺 晋(山下・渡辺法律事務所)
Q
私は分譲マンションを購入し賃貸しています。このたび賃借人が隣室の居住者の飼っていた犬にかまれて負傷し、退出してしまいました。使用細則では、犬の飼育は禁止されています。隣室の居住者に対し、賃借人退出による損害賠償を請求できるでしょうか。
A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。
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1. 回答
賃借人が退出したことによる損害賠償を、隣室の居住者に対して請求することができます。退出に伴って空室期間が生じた場合には、損害には、空室期間の賃料相当額の一部も含まれます。
2. 著名俳優夫婦への損害賠償請求
さて、分譲マンションを所有者から借りて居住していた賃借人が、ほかの居住者の飼育していた犬にかみつかれて負傷し、そのためにマンションに居住し続けることが困難となって退出したケースにおいて、所有者(賃貸人)から、犬を飼育していた居住者に対する損害賠償請求が認められた裁判例が公表されています(東京地裁平成25年10月10日判決、判時2205号50頁)。犬の飼い主である居住者が著名な俳優夫妻であったことから、マスコミにも大きく取り上げられました。
3. 事案の概要
事案の概要は、次のとおりです。
(1)賃貸人Xは、分譲マンションを購入し、月額賃料を175万円として、賃借人Dに賃貸していた。
このマンションは、全3階の居住フロアに2階建ての居室7区画が配置されており、各区画の専有面積が200m2を超える超高級マンションであった。
マンションの使用細則には、禁止行為として、「動物を飼育すること。但し、居室のみで飼育できる小動物は除く」と定められていたが、マンションの別の部屋の居住者Yは、使用細則に違反し、犬(ドーベルマン)を飼育していた。
(2)平成23年5月21日、Dが3階フロアの共用通路を歩いていたところ、Yの子Eの連れ出した犬が2階フロアから3階フロアに駆け上がってDに襲いかかり、Dに傷害(11日間の通院治療を要する右大腿表皮剥離)を与える咬傷(こうしょう)事故が起こった。
(3)Dは、この咬傷事故のためにマンションに居住し続けることが困難な精神状態に陥り、同年6月12日、賃貸借契約を合意解除し、退去した。退去後に次の入居者が決まったのは、合意解除から17か月経過後の平成24年12月であった。
(4)Xは、Yに対して、解約違約金(賃料の2か月分に相当する金額)相当額、貸室が空き家となっていた期間などの賃料相当額、および弁護士費用について、損害賠償を請求した。
4. 判示
裁判所は、次のとおり判示して、解約予告金、空き家となっていた期間のうちの9か月分の賃料相当額、および弁護士費用の損害賠償請求を認めました。
『本件マンションの建物使用細則は、居室のみで飼育できる小動物を除き、動物を飼育することを禁止していることが認められる。
この禁止規定に違反した結果、この共同の利益が損なわれることは、本件マンションに居住する価値が低下することにつながるから、専有部分の区分所有者その他の権利者が有する財産上の利益も損なうことになると解するのが相当である。
特に本件マンションは、7戸という特定少数の入居者が外部から隔離された環境で生活する高級マンションであり、快適な居住環境が通常の居宅以上に重視されているのであって、このことが月額賃料の額にも反映されているとみるのが相当である。
したがって、本件マンションの居住者は、この禁止規定に違反してはならず、これに違反して動物を飼育する場合には、本件マンションの居住者その他の関係者の生命、身体、財産の安全等を損なうことがないように万全の注意を払う必要があり、飼育する動物が専有部分や共用部分の一部を毀損するなど、財産的価値を損なう行為をして専有部分の区分所有者その他の権利者が有する財産上の利益を侵害したときは、民法718条1項による損害賠償責任を負うほか、上記注意義務に違反したと認められるときは、同法709条による損害賠償責任も免れず、いずれにしても専有部分の区分所有者その他の権利者が財産上の利益に関して受けた損害を賠償する責任があるというべきである。そして、動物の飼育者が上記注意義務に違反したために飼育する動物が本件マンションの共用部分において居住者に対して咬傷事故等を惹起(じゃっき)し、被害者が恐怖心等により心理的に本件マンションの居室に居住することが困難になって賃貸借契約を解約して退去したときは、本件マンションの区分所有者、居住者その他の関係者の生命、身体、財産の安全を確保し、快適な居住環境を保持するという共同の利益が侵害されたといわざるを得ず、これによって発生する損害について不法行為による損害賠償責任を免れない』。