賃貸相談
月刊不動産2009年9月号掲載
滞納家賃と金銭消費貸借契約
弁護士 江口 正夫(海谷・江口法律事務所)
Q
賃借人が家賃を1年以上も滞納しています。遅延利息を支払ってもらえれば分割でも構わないのですが、滞納家賃を貸金ということにして金利を支払うという金銭消費貸借契約にすることはできますか。
A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。
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1. 滞納賃料と準金銭消費貸借契約
本来、直ちに支払われるべき滞納家賃を、一括ではなく分割払にして、支払が完了するまでの間、金利を受け取ることは、あたかも、滞納家賃と同額の金銭を相手方に貸し付けてその利息を徴収する場合と似ています。
もっとも、金銭を相手方に貸し付ける契約は、「金銭消費貸借契約」といい、実際に相手方に金銭を交付することが要件となっています。賃貸人は、賃借人に金銭を交付したわけではありません。このような場合であっても、民法は、「消費貸借によらないで金銭その他の物を給付する義務を負う者がある場合には、当事者がその物を消費貸借の目的とすることを約したときは消費貸借はこれによって成立したものとみなす」と定めています。要するに金銭を貸し付けていない場合でも、金銭を支払う義務を負う者(賃料を滞納した借家人)が、債権者(賃貸人)に対し、滞納賃料を消費貸借契約の目的とすることに合意したときは、滞納賃料相当額を目的とした消費貸借契約が成立したものとみなされることになり、このような合意を「準消費貸借」といいます。
したがって、借家人が賃料を滞納している場合、その滞納金額について、賃貸人が賃借人に滞納金相当額を貸し付けたものとして契約することが可能です。このように、従来の滞納賃料支払債務を準消費貸借契約に切り替えることの実際上の意義は、①本来は一括して支払うべき滞納賃料の弁済期を変更できること(毎月の分割払とするなど)、②時効期間は、従前の債務についてではなく、新に成立させた準消費貸借契約の成立時から進行すると解されることにあります。
2. 準消費貸借の実効性の確保
滞納家賃について、せっかく準消費貸借契約を成立させて分割払の契約まで取り交わしても、賃借人がこれを遵守しなかったのでは意味がありません。そのような場合に備えて、準消費貸借契約に、「借主(賃借人)が、分割払の金銭を一度でも弁済しなかった場合は、直ちに強制執行されても借主は一切異議を述べない」という条項を設けていれば、すぐに強制執行を申し立てて未払金の回収を図ることができるのであれば問題はありません。
しかし、当事者間で作成する私製の契約書にそのような条項を設けたとしても、直ちに強制執行を行うことはできません。強制執行は、相手方に対して未払金を支払えという訴えを提起し、その支払を命ずる確定判決や裁判上の和解調書あるいは調停調書等の執行力のある書類(これを「債務名義」といいます)がなければ申し立てることができません。これでは、せっかく準消費貸借契約を締結しても、回収できるか否かが確実ではないことになります。
3. 準消費貸借公正証書の作成
不履行があった場合に直ちに強制執行を行うためには、裁判所の判決や裁判上の和解・調停調書等、裁判所の手続を経て作成される書類が原則として必要となります。
しかし、相手方との準消費貸借契約を公正証書として作成し、その中に債務を履行しなかった場合には、直ちに強制執行に服する旨の陳述(これを「強制執行受諾文言」といいます)が記載されると、訴訟等の裁判上の手続を取ることなく、強制執行が可能になります。したがって、滞納賃料について準消費貸借契約を締結するのであれば、これを公正証書にしておくほうが回収はより確実となるので好ましいといえます。
ただし、公正証書は強制執行を申し立てることのできる執行力があるとはいえ、それは金銭債権についての強制執行についてであり、賃料の滞納を理由に契約を解除した場合の明渡し請求についてまで執行力があるわけではないことに注意する必要があります。
滞納賃料を準消費貸借とする公正証書を作成する場合は、公証人が執務する公証役場に出頭するのが原則です。当事者が公証役場に出向く限りは、どの公証役場で公正証書を作成しなければならないという管轄はありませんので、どの公証役場で準消費貸借公正証書を作成するかは当事者が自由に決めることができます。公証役場へは、賃貸人だけではなく、賃借人も併せて出頭することが必要になり、公証人と面識がない限りは印鑑証明書と実印を持参する必要がありますが、執行受諾文言付きの準消費貸借公正証書にすることにより滞納家賃の支払を確実に受けられるよう配慮すべきものと思われます。