賃貸相談

月刊不動産2015年1月号掲載

敷金の差押え通知と賃貸人の対応

弁護士 江口 正夫(海谷・江口法律事務所)


Q

賃借人から預かっていた敷金を差し押さえる旨の通知が裁判所から届きました。差押権利者に直ちに敷金を支払うことになるのでしょうか。また、未払家賃は敷金から差し引けなくなるのでしょうか。

A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。

  • 1.保証金に対する差押えの法的意味

    敷金に対する差押えとは、正確にいえば、賃借人から預かった現金そのものが差し押さえられるわけではなく、賃借人が賃貸人に対して預託した敷金の返還請求権を差し押さえるものです。賃借人は、賃貸借契約の締結に伴い賃借人が賃貸人に対して負担する賃貸借契約上の債務、例えば賃料支払債務や原状回復債務などの支払いを担保するため、敷金を賃貸人に交付しています。
    敷金は、賃貸借契約が終了し、賃借人が建物を明け渡した場合に、未払賃料債務や原状回復債務の未履行分その他の債務が存するときはそれに相当する金銭を控除し、それらの未払分が存しないときは、その時点で賃貸人から賃借人に返還されます。すなわち、敷金返還請求権とは、賃借人が賃貸人に預託した敷金全額の返還請求権ではなく、賃貸借契約が終了し、原状回復を行い、明渡しがなされた後に、未払家賃その他の賃借人の債務を差し引いた後の敷金の残額を返還せよという敷金残額返還請求権なのです。

    賃借人は、賃貸人に対し、将来、賃貸借契約が終了した際には、賃貸人に預託した敷金の残額の返還を請求する権利、すなわち敷金返還請求権を有しています。

    賃借人に対し貸付金などの債権を有する債権者は、賃借人からの支払いが得られないときは、確定判決などの債務名義を得て、これに基づき、賃借人の資産を差し押さえて債権の回収を行いますが、賃借人の賃貸人に対する敷金返還請求権も、賃借人の資産の1つとなりますので、賃借人に対する債権者が、敷金返還請求権を差し押さえることにより債権回収を図ることもあり得ることです。

    2.差押えの効力

    敷金の差押手続は、賃借人に対する債権者が、確定判決などの債務名義を取得し、敷金返還請求権の差押えを裁判所に申請し、差押命令が債務者である賃借人と差押え債権である敷金返還請求権の債務者(これを「第三債務者」といいます)である賃貸人に送達されることにより行われます。差押えの効力は、差押命令が第三債務者である賃貸人に送達された時に生じます(民事執行法145条4項)。

    裁判所は、差押命令において「債務者に対し、債権の取立てその他の処分を禁止し、かつ、第三債務者に対し、債務者への弁済を禁止しなければならない。」(民事執行法第145条1項)と定められています。

    すなわち、債務者である賃借人は、賃貸人に対し、自己の債権である敷金返還請求権を行使することができなくなります。他方において、第三債務者である賃貸人は、賃借人に敷金を返還することができなくなります。差押命令に違反して、賃貸人が賃借人に敷金を返還すると、差押債権者に対する関係では敷金弁済の効力を主張できませんので、差押債権者に対しても敷金を支払わされることになります。

    3.差押後の差押債権者による権利行使

    差押債権者は、敷金返還請求権を差し押さえたからといって、直ちに、賃貸人に敷金を支払えと請求できるわけではありません。敷金返還請求権が差し押さえられたからといって、差し押さえられた敷金返還請求権の法的性質やその内容が変更されるわけではありません。

    敷金返還請求権は、賃貸人の、賃借人に対する債権(家賃の支払請求権、原状回復請求権など)の担保のために賃借人が賃貸人に預け入れたことに基づく請求権ですから、敷金返還請求権の弁済期日は、賃貸借契約が終了し、明渡しおよび原状回復がなされたときであり、差押えによっても弁済期が変わるわけではありません。したがって、敷金が差し押さえられた後も、賃貸人は、敷金の本来の返還時期、すなわち、賃貸借契約が終了し、明渡しおよび原状回復が行われた後に差押債権者に敷金を返還すればよいことになります。

    また、敷金はこれにより、家賃の不払いや原状回復の未履行の場合に備えて、これらの債権の担保のために授受されたものですから、当然のことながら、賃貸人は、差押命令の送達を受けた後も、賃借人の延滞賃料、遅延損害金などの債務、明渡遅延の際の賃料相当額損害金の支払債務など、敷金に担保されるべきであった債権については、差押命令送達後に発生した分についても差し引くことが可能です。

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