法律相談
月刊不動産2007年10月号掲載
手付金の分割払
弁護士 渡辺 晋(山下・渡辺法律事務所)
Q
当社所有の土地建物を売却することになりましたが、購入者に手持資金の余裕がないとのことです。手付金を分割払とすることができるでしょうか。
A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。
-
手付金の分割受領は宅建業法違反となりますから、手付金を分割払とすることはできません。
さて宅建業法上、業者には、業務を処理するに当たり、信義を旨とし誠実にその業務を行わなければならない、という基本的な義務が課されています(信義誠実の原則、宅建業法31条1項)。もっとも抽象的な原則だけでは、実際の取引における行為準則たり得ないのであって、具体的なルールが必要です。そこで宅建業法には信義誠実を具体化するルールが決められています。
ところで顧客と業者とのトラブルが最も多いのは、契約勧誘の場面です。業者としては、多少の問題があってもできるだけ早く取引を成立させたいと考えがちです。しかし一般の人にとって、宅地建物の売買は、貴重な財産を対象とし、一生に何回も行うことのない取引です。業者はこのように重要な取引に関与する立場にありますから、安易に取引の成立を急がせることがあってはなりません。そのような観点から、信義誠実を具体化するものとして、契約を勧誘する場面におけるルールとして、次の4つの類型が定められています。
第1は、重要事項説明です(35条)。類型的に契約成立前に提供すべき情報が決められ、書面で説明をしなければならないものとされています。
第2に、事実不告知及び不実告知の禁止があります。重要事項説明として類型化されているか否かにかかわらず、取引の相手方の判断に重要な影響を及ぼすこととなるものについては、故意に事実を告げず、又は不実のことを告げる行為は禁止されます(47条1号ニ)。違反行為に対しては、2年以下の懲役若しくは 300万円以下の罰金に処され、又はこれを併科されます(79条の2)。
第3の類型は、不当勧誘禁止につき、平成7年宅建業法改正で追加された決まりです。(1)断定的判断提供の禁止(47条の2第1項)、(2)威迫行為の禁止(同条第2項)(3)その他申込みの撤回や解除の妨げになるものとして、規則により定められる行為の禁止(同条第3項)の3つがあります。
(1)の確定的判断提供の禁止は、値上がりが確実であって将来必ず転売によって利益が生ずるというセールストークなど、断定的判断を提供する行為を禁止するものです。
(2)の威迫行為の禁止は、契約を締結させ又は契約の申込みの撤回若しくは解除を妨げるため、相手方を威迫してはならないとされます。
(3)のその他申込みの撤回や解除の妨げになる行為として、規則により定められるのは、(イ)将来の環境や利便性の断定的判断の提供、(ロ)熟慮期間提供拒絶、(ハ)困惑行為の3つです(業法施行規則16条の12第1号)。
(イ)は、宅地建物の将来の環境又は交通その他の利便について誤解させるべき断定的判断の提供の禁止です。根拠がないのに、南側に建物が建つ予定は全くないなど相手方を誤解させる情報を提供してはなりません。(ロ)は、正当な理由なく、契約を締結するかどうかを判断するために必要な時間を与えることを拒むことを禁止するものです。(ハ)は、電話による長時間の勧誘その他の私生活又は業務の平穏を害するような方法によりその者を困惑させることは禁じられます。
契約勧誘の局面におけるルールの第4の類型が、手付けに関するルールです。手付けについて、貸付けその他信用の供与をすることにより契約の締結を誘引する行為が禁じられます(業法47条3号)。金銭を用意せず単に下見のつもりで訪れた顧客に対し、購入意思が不確実であるにもかかわらず、手付金を貸し与えたり、手付金を立て替えたりして契約を締結させることによって起こる紛争などを未然に防止しようという趣旨です。このルールにいう「信用の供与」には、手付金を貸したり、立て替えたりする場合だけではなく、手付金を数度に分けて受領する場合も含まれます。すなわち手付金を分割することは、手付金に関して信用を供与するものとされ、禁止されるわけです。ご質問のケースでも、手付金の分割は許されません。
業者は、紛争を防止し、社会的信頼を得るために、契約勧誘の局面におけるルールを厳格に守る必要があります。