賃貸相談

月刊不動産2007年11月号掲載

店舗借家権譲渡承諾願いへの対応

弁護士 江口 正夫(海谷・江口法律事務所)


Q

貸店舗の借家人が賃料を2か月延滞していたのですが、この度、借家権を別の業者に譲渡したいと承諾を求めています。どのように対応すべきでしょうか。

A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。

  • 1. 借家権の譲渡に関する法律

     賃借人は自己の有する借家権を家主に無断で譲渡することはできません。民法第612条1項は、「賃借人は、賃貸人の承諾を得なければ、その賃借権を譲り渡し、又は賃借物を転貸することができない」と定め、仮に賃借人が無断で借家権を譲渡した場合には同条2項において、「賃借人が前項の規定に違反して第三者に賃借物の使用又は収益をさせたときは、賃貸人は、契約の解除をすることができる」と定めているからです。

     したがって、賃借人が借家権を譲渡しようとするときは、賃貸人から事前に承諾を得ることが必要であるため、店舗の借家人は、家主にその承諾を求めることになります。このとき、賃貸人としては、賃借人が賃料を延滞しているような場合には特別に注意をする必要があります。

    2. 借家権の譲渡における留意点

    (1) 延滞賃料債務は借家権の譲渡に随伴するか

     借家権の譲渡の場合に注意すべきことの一つは、それまでに発生していた延滞賃料は誰が支払うのかということです。借家権の譲渡に伴い、それまでに発生していた延滞賃料も借家権の譲受人に承継されるのであれば問題ありません。しかし、借家権の譲渡は、賃貸人と賃借人との間の賃借権という使用収益することのできる権利の移転であり、旧借家人の延滞賃料債務のような、既に発生した具体的な権利義務関係までは当然に譲受人に移転するものではないと解されています。

     したがって、借家権の譲渡がなされても、それだけでは当然には延滞賃料債務は承継されず、賃貸人は、旧借家人に対して延滞賃料を請求することになってしまいます。

    (2) 敷金返還請求権は借家権譲渡に随伴するか

     敷金とは当該賃借人の賃貸借契約上の債務の担保とするものですから、それぞれの賃借人との間で精算されるべきものであって、当然には譲受人には承継されないとの見解が有力であるように思われます。したがって、借家権の譲渡の場合に敷金返還に関する特約を結んでおかないと、借家権の譲渡により、旧借家人に対して敷金を精算しなければならないという場合があり得ます。

    (3) 損害賠償債務は借家権の譲渡に随伴するか

     賃貸借契約の終了後に店舗建物に破損が発見された場合に、その破損が旧借家人によるものか、新借家人によるものかが争いになることがあります。

     旧借家人が建物を破損させたことによる損害賠償債務は借家権の譲渡により、借家権の譲受人に承継されるわけではないからです。

    3. 借家権の譲渡承諾請求に対する賃貸人の対応

     以上のことから明らかなように、借家権の譲渡承諾を求められた賃貸人としては、譲渡を承諾する場合には、少なくとも延滞賃料、敷金返還請求権の取扱い、建物損傷の有無とそれについての賠償責任の帰属について合意しておくことが必要です。

    (1) 延滞賃料債務の処理

     賃貸人としては、延滞賃料債務については、借家権の譲受人が支払義務を負うことを合意するか、あるいは借家権の譲受人が敷金返還請求権を承継することを合意させた上で、敷金額から延滞賃料額を控除した額が新しい敷金額とすることに同意することを借家権の譲渡承諾の条件とすることになります。

    (2) 敷金返還請求権の処理

     借家権の譲渡の都度、賃貸人が敷金を精算して返還することは煩わしいことです。したがって敷金返還請求権は借家権の譲受人が承継することに同意することが借家権の譲渡承諾の要件とすることになります。

    (3) 建物の損傷に対する損害賠償請求権の処理

     旧借家人が発生させた建物損傷に対する損害賠償請求権を借家権の譲受人が承継するという条項は、譲受人としては応諾し難いところです。

     そこで、譲渡の時点で建物損傷の有無を確認し、その時点で精算しておくことが必要です。

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