賃貸相談

月刊不動産2024年11月号掲載

居抜き店舗賃貸と当該営業が可能であることの保証

弁護士 江口 正夫(江口・海谷・池田法律事務所)


Q

 当社は、貸ビル経営をしております。1階の1室を飲食店舗営業を営む会社に賃貸していたところ、テナントが同室を居抜きでX社に譲渡したいとのことで、当社はこれを承諾し、X社と期間2年の賃貸借契約を締結しました。

 ところが、X社が内装工事を開始し、消防法関連の届出を管轄消防署に提出したところ、消防署から、いくつかの装置の設置につき是正を受けたとのことで、これでは飲食店舗の営業ができないとして、契約を解除するので、損害を賠償してほしいといわれています。

 当社は、居抜き店舗の譲渡を承諾してほしいといわれ承諾しただけですが、店舗に賃貸するには、店舗の営業ができるようにすることが賃貸人の義務なのでしょうか。

A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。

  •  居抜きの店舗の賃借権の譲渡を賃貸人が承諾したからといって、賃借権の譲受人に対し、当該譲受人が営む営業が可能であることを、賃貸人が保証したことにはなりません。

     よって、賃貸人は、損害賠償義務を負う必要はないと考えてよいと思います。以下で、実際にあったケースや裁判例を用いて詳細に解説します。

  • 営業店舗の賃貸借契約と 営業の可能性の調査判断

     建物賃貸借契約を締結するにあたり、賃借人の営む営業が当該建物で可能か否か、具体的には、賃借店舗において、賃借人の営む営業をするためには、どの程度の設備を必要とするか、現状の建物設備が賃借人の営業に適するか否かについては、法令上の制限の有無を含め、原則として賃借人自身が調査すべきであることに異論はないと思われます。賃貸人は、その賃借人に貸すために、当該建物を建築しているわけではないからです。

     ところが、すでに存在する賃借店舗において、居抜きで店舗の賃借権を譲渡するにあたり、賃貸人が居抜き店舗の譲渡を承諾した場合に、その後、店舗の引き渡しを受けた賃借権の譲受人が、実際に店舗営業を行おうとすると消防法令等の違反があり、是正が困難であるから、この建物では賃借人の希望した店舗営業ができないとして、賃貸人に対し、賃貸借契約を解除するとともに、当該居室で営業した場合の逸失利益等の損害の賠償を請求するケースがあります。居抜きでの店舗の譲渡を賃貸人が承諾したということは、当該居室で、譲受人の営む営業が可能であることを保証したのと同然である、と主張されることもあり得ます。

     しかし、居抜きでの店舗の借家権を譲渡したからといって、賃借人側に、自己の営む営業が当該建物で可能か否かを判断する責任があるということに変わりはありません。さらに、賃貸人が、譲受人の店舗営業が可能であることを当然に保証したとされる根拠はありません。

  • 居抜き店舗の借家権譲渡に関する裁判例

     実際に、居抜き店舗が、消防法令や建築基準法に違反しており、賃借人の目的とする飲食営業ができなかったことを理由に、賃借人が、賃貸借契約を解除し、貸主と、その賃借権譲渡の媒介業者に対して、損害賠償を求めた事案に対する判決があります(東京高判令和3年9月15日)。

     判決は、「賃借人にとって居抜き店舗は出店費用を低廉に抑えられる期待があるとしても、賃借店舗において、希望する営業をするためには、どの程度の設備を必要とするか、現状の設備の性能が賃借人の営業形態に合致し、利用できるかについては、法令上の制限の有無を含め、原則として、賃借人自身が契約締結にあたり調査すべきであって、居抜き店舗として借主を募集し、賃貸借契約の内容として、その旨合意したからといって、賃借人の営業形態に適合することを賃貸人が保証したとはいえない」というものです。

     また、重要事項説明においては、用途によって法令の制限を受けることがあり、具体的な利用計画について、その他の法令の制限の確認が必要になると記載されていることが指摘され、媒介業者の責任も否定されています。

     

今回のポイント

  • ● 営業店舗の賃貸借にあたり、当該居室ないし建物が、賃借人の営業に適するか否かの判断は、消防法等の法的規制のクリアの有無の判断を含め、賃借人が調査すべきものである。
  • ● 居抜き店舗の賃借権の譲渡を賃貸人が承諾したからといって、当該居室ないし建物が、賃借権の譲受人の希望する営業に適するものであることを、賃貸人が保証したということはできない。
  • ● 重要事項説明書に、用途によって法令の制限を受けることがあり、具体的な利用計画について、その他の法令の制限の確認が必要になると記載されていること等の事情がある場合には、媒介業者の責任が認められないこともある。
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