労務相談
月刊不動産2023年7月号掲載
就業規則と雇用契約書(個別労働契約)の関係
野田 好伸(特定社会保険労務士)(社会保険労務士法人 大野事務所代表社員)
Q
有期雇用の契約社員については、1年ごとの契約更新時に雇用契約書を交わしていますが、契約社員用の就業規則は整備していません。雇用契約書以外の労働条件については、正社員就業規則を準用するものとしていますが、法的に問題はありますでしょうか。
A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。
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回答
適用される就業規則に満たない個別の労働条件を設定・締結することはできず、当該部分は無効となり、就業規則の内容が労働条件となりますので、ご留意ください。なお、全労働者に適用される就業規則が無い場合は、労働基準法違反となります。
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就業規則とは
多くの労働者を使用する場合、賃金や労働時間といった労働条件を公平かつ統一的に設定することが経営上効果的です。また、労働者が就業する際に守るべき事柄や規律を定めなければ、企業秩序を維持することは困難であり、組織的・能率的な企業活動を行うことはできないことから、労働者が就業上遵守しなければならない規律や労働条件に関する具体的な細目について、明文化したものが就業規則となります。
就業規則の内容を区分すると、「労働条件そのものに関する部分」と、「それ以外の職場規律などに関する部分」に大別できますが、労働条件を明確化することで、労働者にとっては労働条件が確保されていることが確認でき、安心して仕事をすることができます。使用者にとっては、労働条件を画一的、統一的に処理できるというメリットがありますし、職場の規律を定めることで懲戒などの制裁制度を含め、企業秩序の維持が図られます。また、労働者にとっても就業規則の規律を守るかぎり、使用者の恣意的な制裁を受けることを免れることになります。 -
雇用契約書とは
雇用契約書とは、個々の労働者の賃金・労働時間といった労働条件について書面に定め、労使双方で署名するものをいいますが、法令上作成義務はありません。契約社員やパート・アルバイト社員といった有期雇用者との間で作成することが一般的であり、無期雇用・フルタイム勤務の正社員等に対しては、労働条件通知書を交付することが多いといえます。
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就業規則と個別労働契約との関係
労働契約法第7条では、「労働者および使用者が労働契約を締結する場合において、使用者が合理的な労働条件が定められている就業規則を労働者に周知させていた場合には、労働契約の内容は、その就業規則で定める労働条件によるものとする」としており、就業規則の内容が個別の労働条件となります。
さらに、「ただし、労働契約において、労働者および使用者が就業規則の内容と異なる労働条件を合意していた部分については、第12条に該当する場合を除き、この限りでない」としていることから、同法第12条に該当する場合を除き、個別労働契約の内容が就業規則の内容に優先されるものとなります。
同法第12条では、「就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については、無効とする。この場合において、無効となった部分は、就業規則で定める基準による。」としています。
これらを整理すると、就業規則の内容を下回る個別の労働条件は無効となり、無効となった部分については就業規則の条件まで引き上げられますが、就業規則の内容を上回る個別の労働条件については、個別契約書の内容が有効となります。例を挙げると、就業規則で賞与を支給すると規定していながら、一部の社員に対し賞与不支給とすることは、就業規則で定める基準に達しないため無効となります。一方、就業規則で賞与不支給としながら、営業職など特定の社員について賞与を支給することは特約として有効です。 -
法令等と個別労働契約の関係
前述のとおり、就業規則で定める基準に満たない個別労働契約(雇用契約書)を設定することはできませんが、同様に法令や労働協約に反する個別労働契約も無効となります。それぞれの優先順位(上下関係)については、法令、労働協約、就業規則、個別労働契約の順となり、図表のとおりです。
図表:法令等と個別労働契約の優先順位
○労働契約法第12条(就業規則違反の労働契約)
就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については、無効とする。この場合において、無効となった部分は、就業規則で定める基準による。○労働契約法第13条(法令及び労働協約と就業規則との関係)
就業規則が法令又は労働協約に反する場合には、当該反する部分については、第七条、第十条及び前条の規定は、当該法令又は労働協約の適用を受ける労働者との間の労働契約については、適用しない。○労働組合法第16条(基準の効力)
労働協約に定める労働条件その他の労働者の待遇に関する基準に違反する労働契約の部分は、無効とする。この場合において無効となった部分は、基準の定めるところによる。労働契約に定めがない部分についても、同様とする。○労働基準法第13条(この法律違反の契約)
この法律で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については無効とする。この場合において、無効となった部分は、この法律で定める基準による。○労働基準法第92条(法令及び労働協約との関係)
就業規則は、法令又は当該事業場について適用される労働協約に反してはならない。 -
実務上の留意点
正社員、契約社員、パート社員等の雇用区分にかかわらず、全従業員に対し、同一の就業規則を適用している企業がありますが、その場合、個別に設定した労働条件が無効となる可能性が高いことから、雇用区分毎に就業規則を整備することをお勧めします。
また本問のように、就業規則において「契約社員、パート社員等については本規則を適用せず、個別契約書に定めるところによる」としている状況、つまり、すべての労働者に適用される就業規則が整備されていない状況は、労働基準法第89条違反となりますので、ご留意ください。