賃貸相談
月刊不動産2012年2月号掲載
家賃回収のための法的手段
弁護士 江口 正夫(海谷・江口法律事務所)
Q
建物を店舗として賃貸していたのですが、賃借人が経営不振で賃料を支払わず什器備品類を残したまま所在不明になっています。少しでも家賃を回収したいのですが、どのような方法があるのでしょうか。
A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。
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1 賃貸借契約の処理と家賃の回収
(1) 賃貸借契約の解除
賃借人が家賃を支払わないまま所在不明となった場合には、まず、速やかに賃貸借契約を終了させる必要があります。家賃も支払われないのに賃貸借契約を継続したままにしていると、貸室を他のテナントに賃貸することができず、損失が拡大する一方になるからです。しかし、賃貸借契約を解除するには、解除通知を賃借人に到達させる必要がありますが、賃借人が行方不明ですので解除通知をどこへ発送してよいのか分かりません。
このような場合でも、賃貸借契約を解除することは可能です。民法に定める「公示による意思表示」を用いればよいのです。民法98条1項は、「意思表示は、表意者が相手方を知ることができず、又はその所在を知ることができないときは、公示の方法によってすることができる。」と定めています。公示の手続は解除の意思表示を記した書面を裁判所の掲示場に掲示し、そのことを官報に少なくとも1回掲載するか、これに代えて市役所、区役所、町村役場等の掲示場に掲示することにより行われ(民法98条2項) 、これらの掲載又は掲示が行われた日から2週間を経過すると相手方に到達したものとみなされます(民法98条3項)。
(2) 建物明渡訴訟と強制執行
賃貸借契約が終了した以上、貸室を明け渡すよう請求することが可能です。相手方は行方不明でこれに応じることはないのですから、建物明渡しを求めるとともに未払賃料を支払うよう求める訴訟を提起し、建物の明渡しと未払賃料を支払えとの判決を取得することになります。
①動産競売による未払家賃の回収
未払賃料を支払えとの判決を得て、この判決の強制執行として、賃借人が貸室内に残している什器備品類について動産競売を申し立て、貸室内の動産類を売却した売却代金から未払賃料を回収するという方法があります。
②建物明渡しの強制執行時の残置動産類の売却
建物を明け渡せという判決に基づき、貸室の明渡しの強制執行の申立てを行い、明渡しの強制執行により貸室の占有を回復し、第三者に貸室を新たに賃貸することにより収益の回復を図ります。同時に、建物明渡しの強制執行時には賃借人は行方不明ですから、貸室内にあった動産 (什器備品類) はいったん債権者において保管しますが、一定期日が経過した後、執行官はこの動産類を売却することができます(民事執行法168条5項)。執行官は、動産を売却したときは売却金額から売却・保管に要した費用を控除した残額を供託しなければならないのですが(民事執行法168 条8項)、賃貸人は、この供託金について未払家賃を支払えとの判決に基づき強制執行をして未払家賃を回収することが可能です。
2 未払家賃の回収と不動産賃貸の先取特権
上記の方法は、賃借人を被告とする訴訟を提起して未払家賃を回収する方法ですが、これ以外の方法として、不動産賃貸借に基づく動産先取特権を活用する方法もあります。民法311条は「不動産の賃貸借によって生じた債権を有する者(賃料債権を有する賃貸人)は、債務者(賃借人)の特定の動産について先取特権を有する。」という内容を定めています。動産の先取特権とは、債務者の動産を競売にかけて、その売却代金から優先的に回収することのできる権利です。
「不動産の賃貸の先取特権は、その不動産の賃料その他の賃貸借関係から生じた賃借人の債務に関し、賃借人の動産について存在する。」(民法312条) と定められています。
(1) 不動産賃貸の先取特権の被担保債権
被担保債権は「賃料その他の賃貸借関係から生じた賃借人の債務」ですから、賃料だけではなく、貸室を損傷させた場合の損害賠償請求権や家賃を滞納した場合の違約金等についても先取特権による優先弁済の対象となります。
(2) 不動産賃貸の先取特権の目的物
学説では、先取特権の目的となる動産とは、「建物の利用に関連して常置された物」とされ、畳・建具・家具調度類や営業用什器備品はこれに含まれますが、建物の利用と関係のない衣服・金銭・有価証券・装身具等は含まれないとされていますが、判例は、賃借人が賃貸借の結果ある時間継続して存置するため建物内に持ち込んだ動産」でよいとしており、金銭や有価証券や宝石類にまで及ぶものとしています。
(3) 敷金がある場合の処理
賃貸人が敷金を受け取っている場合には、先取特権は、敷金で弁済を受けない債権の部分しか先取特権を行使することができない (民法316条) とされています。