法律相談
月刊不動産2023年11月号掲載
売買契約締結後、決済前に、売主が死亡した場合の取扱い
弁護士 渡辺 晋(山下・渡辺法律事務所)
Q
当社の仲介によって成立した不動産売買契約の売主が、契約後、決済前に死亡しました。遺言はなく、相続人はAとBの2人ですが、Bは売買に反対しています。
これから売買の仲介業務をどのように進めていったらよいでしょうか。なお、売買契約では、売買代金の1割の手付が授受され、また手付解除の時期については、特約は設けられていません。
A※記事の内容は、掲載当時の法令・情報に基づいているため、最新法令・情報のご確認をお願いいたします。
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回答
売買契約における売主の地位は、売主の死亡によってAB両名が承継しています。買主が履行に着手するまでは、売主の地位を承継したAB両名は手付解除をすることができます。仲介業者としては、手付解除がなされれば契約解消に関する業務を行い、手付解除がなされなければ決済に向けた業務を行うこととなります。
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1.相続の効力
さて、相続人は、相続開始の時から、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継し(民法896条本文)、売買契約における売主の地位も被相続人の財産に属する権利義務に含まれます。したがって、本件でも、売主の死亡によってAとBが共同で売主の地位につきます。
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2.手付解除がなされた場合
売主が契約締結後に契約を解消する方法としては手付解除の方法があり、買主が売主に手付を交付していれば、売主は、買主が履行に着手するまでは、手付の倍額を現実に提供して、契約の解除をすることが認められます(手付倍返しによる解除。同法557条1項)。
当事者の一方が数人ある場合には、契約の解除は全員から、または全員に対してのみ行うことができますから(解除権の不可分性。同法544条1項)、本件で売主の立場にあるAとBが手付倍返しによる解除をするには、AB両名が共同で行う必要があります。手付倍返しによる解除がなされた場合には、売買契約は白紙に戻り、契約が締結されなかったのと同じ状態に戻ります。 -
3.手付解除がなされなかった場合
(1)売主の義務
手付倍返しによる解除がなされなかった場合には、AB両名は、売主としての義務を履行しなければなりません。売主には、残代金の支払いを受けるのと引換えに、物件を引き渡し、登記手続に協力する義務があります。(2)不動産登記の共同申請
権利に関する不動産登記は登記権利者と登記義務者が共同して行います(共同申請。不動産登記法60条)。不動産登記法上、登記義務者は、権利に関する登記をすることにより、直接に不利益を受ける登記名義人ですが(相続登記がなされていなければ、死亡した売主が登記義務者。同法2条13号)、登記義務者について相続その他の一般承継があったときは、相続人その他の一般承継人は、権利に関する登記を申請することができるものとされています(同法62条)。したがって、AB両名が任意に登記手続に協力する場合には、登記義務者の一般承継人として、買主とともに共同で登記手続を行うことになります。(3)判決による登記
もっとも、本件ではBは売買に反対しており、登記手続へのBの協力が得られない可能性もあります。
登記手続は共同申請が原則ですが、Bが任意に協力をしない場合には、買主は、単独で登記手続を行うために、訴えを提起せざるをえません。登記手続をすべきことを命ずる確定判決があれば、共同ではなく、単独で申請することができます(同法63条)。なお、買主と共同で登記手続をしなければならないのはAB両名であり、Bだけを被告として判決を得ても、判決の効果はAには及びません。そのため、買主が訴えを提起する場合には、訴え提起はAB両名を相手方として行うべきだと考えられます。 -
4.不動産を「相続させる」という遺言があった場合
本件では遺言がありませんでしたが、遺言のなかで、特定の財産を相続人の1人に「相続させる」と定めることがあります。このような遺言を、特定財産承継遺言といいます。特定財産承継遺言があった場合には、遺言の対象不動産は、被相続人
の死亡の時に直ちに相続により受益相続人に承継されます(最判昭和14.6.10判時1791号59頁。1014条2項・3項、1046条1項、1047条1項)。
本件において、仮に不動産をAに相続させるという遺言があったとすれば、不動産の所有権はAに移りますから、Aが登記手続に協力する義務を承継します。 -
5.まとめ